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◇◇◇
「カズ、あんた本当にいい加減にしてよ。変な噂が出回って恥ずかしいんだけど」
清子が鬼みたいな顔で見下ろす。
頭だけ出してコタツに潜り込みながら昭和末期のアニメの再放送を見る一哉は
「出たな~。セーラー服着た鬼婆」
と、気だるそうに応戦した。
「うちの学年で噂になってんの。あんたが知らない女の子に恋煩いして様子が変だって。
ただでさえ新潟から来たってだけで先輩から『コシヒカリ』ってあだ名つけらっちい珍しがられてんのに入学早々妙な噂に巻き込まっちい、いい迷惑だでぇ。
私が自分の意に反して悪目立ちするのが嫌いなの、あんたも知ってるだろ?」
~されたと言うところを「~さっちい」と話すあたりに、清子は早々に福島弁に毒されている。
「俺なんて六年生から『信濃川』だよ。クラスメートからは飛鳥って呼ばれてんのに。奈良県だか新潟だか分かんねえ始末だよ」
「サヤちゃん」
台所から呼ぶ声に清子は従う。
「そっとしてあげよう?」
「お母さんは恥ずかしくないのかい? 転校したしりからあんな有り様なんだでぇ!?」
「別に恥ずかしくはないけど、心配ね」
清子をそのまま中年にした容姿の母、寧子は様子のおかしくなった一哉を心配しながらも、むやみやたらに口出しをしないことにしている。
親に恋愛事に口を挟まれていい気分にならないことを、寧子は理解していた。
寧子と清子は眼鏡に清楚な面差しがそっくりな母子だが、物言いは正反対だ。
「でも、宿題サボったとかの問題行動にはなってないんだし、そっとしてあげよう?」
確かに問題行動には至らない。
宿題はしっかりこなしているし(終わらせるペースは通常より格段に遅くなったが)地頭は良かったので小テストは平均点をキープしている。
「サヤちゃんは……噂の女の子知らないの?」
「知らないに決まってっぺしたぁ」
なんだかんだでアニメの展開が気になる清子はリビングに戻った。
セーラー服のままソファーにどっかりと腰掛けて脚を組む様は暴君そのもの。
弟への態度はともかく、清子は顔つきが愛らしかったので友達から「お前の姉ちゃんかわいいよなぁ」と羨ましがられたが、その度に「あの凶暴な姉のどこが良いのだ」と反論したものだった。
プチッと音が聞こえて一哉は寝転んだ状態で頭をもたげれば、清子が偉そうに脚を組んだ座り方のまま紙パックのカフェオレを飲んでいる姿が見える。
「あ、酪王カフェオレだ! ハマちゃんが旨いって言ってたやつ。俺も後から貰おっと。姉ちゃん身長いくつだっけか?」
コタツに寝転んだ態勢で頭をもたげたまま、一哉は清子に問う。
「なんだ藪から棒に。私? 152だったよ。ねえ、あんたの新しい友達、ジャイアンつったっけか?」
「ゴウダ? あいつ土曜の昼飯がチャーハンだからってチャーハンのCMソング歌ってたら六年生に永谷園ちあだ名つけらっちいよ」
余計な補足に清子が「ぶはっ」と吹き出す。
「そうそう。ゴウダ君。あの子デカいよね。身長、絶対私より高いべ?」
一哉の頭に、うっすらとだがある可能性が浮かびかけるが、男嫌いな姉の声によってすぐに消えた。
「姉ちゃん、男嫌いって治らねえの?」
男嫌い。
慧子の従妹だか又従妹の「らん」も男嫌いだと言っていたな……と思い出したのだ。
「うっつぁし(うるさい)なぁ。そうだよ。男は中学生でも野蛮でアホでガキでみったぐね(見苦しい)。
詠雪館の幼稚園と初等部が共学化すっちぃくっだらねぇ話さ出てっけどよ、女の園に野蛮なオス入れるなんて私は絶対に大反対だかんな?
年齢が一桁の子供だろうが何だろうが、女の子に意地悪する悪魔みたいなやつが絶対いるんだからよ。
あっ、でも眼鏡美男子の音澤会長は別。会長は紳士だし知的だし、ラッパ吹いてる姿がかっこいいんだでえ。音澤会長って、慧ちゃんの親戚のお兄さんなんだよ。
男は嫌いだけど、会長みたいなジェントルマンなら男でも好き。慧ちゃん、うらやましいな~。
それにひきかえうちの学年の男子ときたらよ、ガキだし野蛮でうるさいしみったぐねったらありゃしねえだよ。
あーあ、福島に聖桜女学院の中等部あると知ってたらそっち受けてたわ。慧ちゃんの妹、あんたより1コ下だけど聖桜の初等部通ってるんだってよ」
延々と語る清子。
この姉弟は、長ったらしいセリフを淀みなく話すという特徴がある。
眼鏡越しの大きな眼を血走らせて「キリスト教のお嬢様学校だよ!? 挨拶が『ごきげんよう』だよ!?」と、まくし立てる清子を尻目に、一哉は小学校でも「中学校の生徒会長がかっこいいらしい」と噂になっていたことを思い出した。
吹奏楽部の部長でトランペットを吹いている、眼鏡の似合う知的な美男子と聞く。
あの子がもし清子と同じ学校に通う中学生だとしたら、かっこいいと噂の生徒会長をどう思っているのだろう。
清子と同様に黄色い声を上げているのかもしれない。
あの子に好きな男はいるのだろうか。
そう考えた途端に一哉はコタツにもぐり込んで身悶える。
雑念により、頭にうっすらと浮かびかけた「ある可能性」は、すっかり消え失せた。
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