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ガール・ミーツ・ボーイ
――桜を見に来ただけなのに――
あの子はどこへ行ってしまったのだろう。
「桜、好きなの?」
そう聞かれたから答えようとしたのに、あの子は顔を真っ赤にして走り出してしまった。
音澤蘭はため息をついた。
あの子となら仲良くなれそうだったのに。
「慧ちゃん、又小にこんな子いなかった?」
蘭は又従姉である橋本慧子の部屋に入るなり桜の下で出会った少年の話を切り出す。
「なんだ、いきなり?」
「バレエ教室が始まるまで時間あったから松川で桜を見てたら会ったの。附属の制服に似てっけど紺色の制服は又小だべした。
あのさ、背格好からしてたぶん同い年なんだけど、つり目気味で猫みたいな大きな目をしてた。眉毛が変に凛々しい……男子にしてはきれいな顔」
男子にしては。
この余計な一言に、蘭が同年代の少年へ向ける嫌悪感が見え隠れした。
小学三年生の頃に初恋の男子といい雰囲気になりかけた矢先だ。
蘭をやっかむ女子が吹聴した「蘭が初恋の男子の悪口を言った」という嘘を真に受けた挙げ句、初恋の男子は前述の児童とグルになって蘭をいじめた。
更に、男子よりも背が高く勉強が得意な蘭に劣等感を抱く男子達を煽っていじめていたという過去を知れば、蘭が同年代の少年達へ偏見を抱くのも当然。
回転椅子に腰掛けた慧子は、くるりと蘭のいる方へ向きを変え、ロダンの『考える人』のポーズそのままに膝の上で頬杖をつく。
この美貌の又従姉は一挙手一投足がモデルさながらに決まっているので、蘭は身内ながらに彼女に見惚れてしまうことがある。
向き合っている今でも、言葉には出さないが高い鼻と白磁の如し肌、目尻の跳ね上がった目の形を美しいと感嘆していた。
「きれいな顔って、川縁で美少年と会ったのかい? 男嫌いのあんたもついに新たな恋の始まりが来たか?」
冷やかすつもりはない慧子だが、蘭の色白な頬が真っ赤に染まる。
「違うって!」
「じゃあ、なんで早口でまくし立てるの? いつもの蘭じゃないみたいだよ」
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