ガール・ミーツ・ボーイ

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 蘭はムスッとして一旦黙り込む。  紺色は元々好きな色であるが、少年との邂逅(かいこう)から、蘭は意識して紺色の洋服を着るようになった。  少年に『桜の下にいた女の子』だと気づいてもらおうという魂胆(こんたん)である。  この日も紺色のアンサンブルカーディガンに深緑のチェック柄のスカートを身に付けている。  スカートと同じタータンチェックのカチューシャも髪に飾った。 「質問しておいて逃げ出すんだもん」 「怒ってんの?」  違う、と首を振る。 「仲良くなれそうだったのに……」 「何を根拠(こんきょ)に仲良くなれそうだと言い出したんだい?」 「桜を見てたら気配したから何だろ? と思ったらあの子がいたの。知り合いならともかく全く知らない人だからこういう時ってどう接したら良いか悩むじゃん?  しかも同年代の男子だし。私、男子嫌いだから嫌なことしてきたらやだな~って警戒したんだ。  でも、あの子もどうしたらいいか悩んだと思う。そしたら『桜、好きなの?』って。きれいな顔してるだけじゃなくて、素直そうな面構えしてた。黒いけど宝石みたいな透き通った綺麗な目をしてて……綺麗だなぁってついつい見入ってしまったんだよね……」  慧子は美少年、猫みたいな顔、凛々しい眉、とつぶやくと何かを確信したらしく椅子から立ち上がる 「思い当たる子なら一人いる」 「誰!?」 蘭は身を乗り出す。 「今から行くぞ」  そこは橋本邸宅のはす向かいにある戸建てだった。四角いモダンな造りの住宅で、中古と聞くが割合新しいように見えた。 「友達の弟があんたと同い年なんだよ。いるかなー」 「飛鳥川さん? なんか、すごい苗字」 「音澤って苗字も(はなは)だ珍しいだろうが。同級生には(きた)別府(べっぷ)とか二階堂とかの富豪みたいな苗字のやついて羨ましいよ。なんで私は橋本って平凡な苗字なのかなあ。母さまの旧姓の九条の方が富豪っぽくてよかったわ」 「二階堂はそこら辺探せばたまにいるけど……」  雑談しながらインターホンを鳴らそうとしたが、縁側から小さい女の子が顔を出す。 「こにちはー」  ぱっちりとした二重まぶたの大きな目。  誰の目から見てもかわいい顔をしている。  年格好は、4歳ほどだろう。 「あらぁ、花梨(かりん)ちゃん。今日もかわいいねぇ~。お兄ちゃんいるぅ?」  初めて聞いた慧子の猫なで声に蘭はげんなりした。 「兄ちゃんね、ゴウちゃんとこさ行ったの」 「なんだぁ、いないか。サーヤは合唱部の練習だしなあ。蘭、明日仕切り直すで?」 「明日はバレエ」 「そうだった。明後日は私が声楽教室か……」 「しあさってはフルート教室……」 「慧ちゃん?」  澄んだ声。  女の子の背後からひょこっと現れたのはショートヘアに眼鏡をかけた細身の女性だった。 「おばさま、こんにちは。一哉君いませんか?」 「友達の家に行ったの、ごめんねー。えーと、お友達?」  二月の末に10歳の誕生日を迎えたばかりの蘭。  身長が150センチに届いた頃から中学生と間違えられるようになった。  母方の家系特有の黒目のハッキリとした切れ長の目のおかげか、蘭は締まった顔つきをしているので更に大人びて見えるのだ。  友達と聞いたことから、眼鏡の似合う婦人も蘭が中学生に見えたに違いない。 慧子は蘭の肩に手を添えて 「又従姉妹です。蘭といいます」 と、紹介した。  やたら感心した様子の眼鏡の似合う婦人に蘭はぺこりとお辞儀をしてみせた。 「あらら……! 綺麗な子ねえ、目が切れ長で垢抜けてて……慧ちゃんのところは美人の家系ね」  眼鏡の婦人の膝にまとわりつきながら「兄ちゃんね、カズラって名前だよー」と言う花梨に婦人は笑いかける。 「花梨はまだ小さいから、兄ちゃんの名前が上手く言えないの。うふふ」  それにしても「うふふ」の笑い声が様になる婦人だ。  進展もなければ収穫もなく、その日は帰ることにした。  次の休日にまた慧子の自宅へ行こう、と蘭は決めた。  慧子の言う『心当たり』が蘭は気になって仕方がない。
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