『桜』

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『桜』

『桜』    それはお父さんがわたしに付けようと思っていた名前。  楽しいことが好きで、友だちが多い人だった。花なんて興味はなかったのに、桜だけは毎年開花を楽しみにしていた。お母さんはそう話す。  明るく暖かな春の到来を象徴する桜の花が好きなんだと、なんだか誇らしげに話すお父さんの姿を思い出す。そのときは『どうせお花見を口実に呑めるからでしょ』なんて呆れた振りをして答えたような気がする。  だけど本当は、わたしも桜が大好きだから同じだと嬉しかった。わたしの名前が桜なら良かったのにと思った。どうして桜と付けなかったのと尋ねたわたしに、お父さんは優しく笑って教えてくれた。わたしが産まれた春の日はしとしとと小雨が降っていて、桜の花はその日を境に散ってしまったらしい。だから、散ってしまう花よりもいつまでも彩り豊かに、たくさんの花のようでいてほしい。そんな思いを込めて、『百花(ももか)』と名付けたのだと。    今は『桜』でなくて良かったと思っている。    わたしからお父さんを奪った桜なんて、大嫌いだから。
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