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最初は強盗か何かだと思った。 家鳴りにしては大きく続く物音に目が覚めて、「一体何の音…?」と寝起きのまどろみの中で考えて、「強盗」の言葉に行き着いた。 私は別室で眠る家族を起こさないようにそっ…とベッドを抜け出し、手近にあったスマホを片手に寝室のドアまで近づいた。ライトをつける勇気はなかった。私は足音を立てないように扉に耳を寄せて、音の出所を探った。パキ、パキン。トン、トン、パキン。……音だけ聞けば家鳴りに間違いないが、それにしては規則性があるような……私は頭の中に、足音を立てないように歩く人間の姿を思い浮かべた。今、私がこうしているように、相手も気配を消して我が家を見て回っている――そんな気がして、ゾクと背中が泡繰り立った。 怖い。 真っ先に浮かんできた感情は恐怖心だった。幸いか、不幸か、他の家族はスース―と寝息を立てて眠り続けているようだった。もし物音を立てている存在が本当に強盗だったら。今はまだリビングに居るらしい存在が、もし、家族が寝ている部屋に……子どもたちが寝ている部屋に入ってしまったら? 妄想にも似た危機感に足の震えが止まる。私が、唯一物音に気付いて起き出した私が今、どうにかしなければ。 私はスマホの画面をオンにし、光量を最小限に設定しなおした。そしていつでも110番をできるように、表示画面を緊急用のものに切り替えておく。部屋を出る前にベッドまわりをぐるりと見渡した。スマホの充電器、使わなくなってそのまま置いてある加湿器、寝具にタブレット……武器になりそうなものはなかった。せめて何か、棒状のものでもあれば心強かったが……場所が悪かった。私は「何かあった時は大声を出してとにかく暴れてやろう」と覚悟を決めて、部屋を出た。扉をゆっくりと開くと、ギィ、と小さく木材の軋む音が鳴る。普段はまったく気にならない小さな音が、今は忌まわしくてたまらなかった。この音で相手が気付くのでは……と一瞬ヒヤリとしたものの、リビングに居る「何か」はこちらに向かってくる様子も、動きを止める様子もなかった。 私が居る寝室は二階で、リビングは一階だ。存在を確かめるためにはどうやったって階段を降りなければならない。ゆっくり、ゆっくりと、短い廊下を進む。毎日当たり前のように通っている階段がこんなにも遠いと思ったのは初めてだった。こんな風に息を殺して自分の家を歩くのも初めてだった。やっとの思いで階段に辿り着いた私は、足元に広がる闇に息を呑んだ。怖い。怖い。怖い怖い怖い……いや、ダメだ。恐怖心に飲まれたらダメだ。そういえば階段の途中に、夫が片付けを面倒くさがって立てかけたままにしているアルミラックの脚があったはずだ。階段を下りつつ脚を回収しよう。アルミラックほどの強度があれば、少しでも抵抗の足しになるはずだ。私は足元を照らすためにそっとスマホを胸元に引き寄せて、絶句した。真っ黒な両目、いや、窪んで影になっている――真っ白な顔面。縦に引き裂かれた口のようなもの。削がれた鼻――― これは、悪夢だ。私はまだ夢の中に居るんだ――…… 私は遠のく意識の中で悲鳴すら上げられないまま、その場に倒れ込んだ。
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