その庭には桜がない(3)

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「桜さんも大変悲しんで、一年以上も塞ぎ込んで……。でも、ある男性がそんな彼女を必死に慰めて、元気付けてね。それで、叔父さんの遺品が届いてから一年と少し後に、結婚したの」 「ええ……。そんな、もう少し待ってくれてれば」 「当時は、今よりも結婚が早かったしね。桜さんも独り身ではいられなかったのよ」  僕の感覚からすれば信じられない話だが、祖母は桜さんに悪い感情は持っていないようだった。  ……時代が違えば、考え方も違うということなのだろう。 「で、それからしばらくして、倫三郎叔父さんは日本に帰って来た。……瀕死の重傷から回復して、ソ連軍や中国軍から逃げて、盗賊まがいの連中からも逃げて、沢山沢山酷い目に遭って、それでも頑張って生き延びて、帰って来た――そしたら、恋人は他の男と結婚してた。それはショックだったでしょうねぇ」 「ああ、だから……」  おじさんの言葉を思い出す。 『う~ん、そうだなぁ……。好きすぎて嫌いになった、かな?』  おじさんは桜さんをとても愛していた。彼女に会う為に、命がけで日本に帰って来た。  それなのに、愛しい桜さんが他の男と結婚していたのだ。それは……ショックだろう。  好きだった、その分だけ。  同じ名前を持つ花を避けてしまう程に。 「……おじさんが可哀想すぎる。当時の価値観も分かるけど、桜って人、酷すぎない?」 「まあまあ、桜さんには桜さんの事情があったのよ。――それにね、あまり悪く言わないの。」 「……はっ?」 「まだ分からない? あなたのひいおばあちゃん――私の母親の名前は?」 「……ああっ!?」  そこでようやく思い出す。  僕の曾祖母の名前は――『桜』だ! 「じゃ、じゃあ……桜さんが結婚した相手って」 「倫三郎叔父さんのお兄さん、つまり私のお父さんで、あなたのひいおじいちゃんよ」 「うえええええ……」  衝撃の事実だった。  というか、これは流石に予想外だった。  まさか……おじさんの悲劇に、僕の家系が関わっているとは。 「あなたはね、桜さん――ひいおばあちゃんによく似ているのよ。倫三郎叔父さんがあなたを可愛がったのも、面影を感じてたからじゃないかしら。純愛と呼ぶには、ちょっと引き摺りすぎだとは思うけど……」  そう呟く祖母の表情は、言葉の辛辣さとは裏腹に、優しげだった。
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