桜なんか嫌いだ

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桜なんか嫌いだ

お花見日和。 晴れて、風もなく温かい。気持ちが良い日。 川沿いの桜並木を横目で見ながら、真也の待つ駅へと急ぐ。橋を渡るだけなのに人ごみに紛れ込んで流されそうになる。 ほんとは桜なんか嫌いだ。上を向いて歩くと首も疲れる。人ごみでするお花見も嫌いだ。でも真也が一緒ならいい。何でもいい。 このまま人ごみに流されちゃってもいい。 なんて不穏な言葉が頭をよぎる。 だってどうせ。 今日が、最後のお花見になるんだから。 * 「ごめん、待たせた!ごめん」 慌てて走ってくる真也に、40分は軽く待った、とも言えず。顔の前で手をヒラヒラ振って「大丈夫」と言ってみせる。 どうして遅かったの?って。 ほんとは言いたい。 ほんとは聞きたい。 でも。 ホッとした顔の真也をみると、口が石になる。 ぜっっったいに口には出さない。 でも。 心のなかでは叫んでる。 誰と会ってて遅くなったの!? って。 * 「ねえ、やっぱり怒ってる?」 「え?ないよ?怒ってないってば」 一緒に歩き始めて10分もたたないのに、何度も聞いてくる。顔を覗き込まれるから口角をあげて何度も答えた。 ねえ。あなたに後ろ暗いところがあるから? 私が怒ってみえてしまうの? こんなに好きでずっと一緒にいたいのに。 怒ってない。 でも悲しい。 * 桜が満開の河川敷へ辿り着く。 歩いているときから桜はよく見えて、すでにおなかがいっぱいな気持ち。 「こっち、りんご飴あるからさ」 手をさっと繋がれて引かれてしまう。 ああ、この手。 好きなんだ。すごく。 でもこの手は他の誰かのものになってしまう。 ねえ。 どうして初めてきた露店の場所がわかるの? 私じゃない、誰と、きたの? * 「ほら、桜がきれいだよ」 真也が必死で声をかけてくるけれど、なんとなく頷いてやり過ごす。結局りんご飴は食べなかった。真也は買ってくれたけど、そんな気分じゃなかった。 桜の下に死体があるなら、もういっそ埋めてほしい。埋まりたい。埋めたい。 真也が私のものであるうちに。 「美琴さあ。感じ悪いよ?なんで?今日おかしいってば」 そうさせてるのは、誰よ? 真也は私ばかりを責めている。 どうして責められなくちゃいけないの? プツっと何か糸が切れた。 「じゃあ……じゃあ言うけど!真也は先週誰とお花見きたの?私は!……今年初めてのお花見……真也と来たくてとっといたのに」 「え?」 面食らった顔で気の抜けた声をだす。 それが都合の悪いことを誤魔化しているように見えてイラッとする。 「だって見たもん!一週間前!まだ桜が満開じゃないとき!腕組んで女の子と歩いてるの、見たもん!」 ちょっと泣けてきて、ずずっと鼻をすする。 服の袖で涙を拭う。 真也はポリポリこめかみを掻いて、大きく息を吐いた。 「あー、まあ、そんなこともあった、かな?」 「あったかな?じゃなくて!」 「腕組んでるの見たときに言えってハナシでしょ」 強く言われて押し黙る。 言ってどうするの。 背中を向けて敵前逃亡を決め込んだことがそんなに悪いの? だって怖いもん! その場で修羅場なんて、桜に迷惑。 大体! 「どうしてそんなに強気なの?」 もっと弱く折れてくれればぎゅって腕にしがみつくくらいの気持ちは残ってるのに。 「あーれーはーほら、妹!妹だよ」 「…妹?初めて聞いたけど…」 「生き別れてた妹!最近見つかったんだ」 「あのねえ…」 嘘も大概にしろって言いたかったけれど。 真也があんまり馬鹿なことを真面目な顔で言うから吹き出してしまった。 「……信じたほうがいいの?」 「信じてもらえたら今から3つくらいは美琴の言うこと聞きます!」 「ばーか…」 どうしよう。 こんな馬鹿なこと信じるほうが馬鹿だってわかってる。 でも、なんかやっぱり、好きなんだなあ。 「私が離れるのいや?」 「いーやーでーすー」 「ほんとに?じゃあさ、私のこと好き?」 「世界で一番。俺のこと広い心で受けとめて?」 「どーしよっかな…」 あ、じゃあ。言うこと聞いてくれるっていったし。 「ひとつめ。スマホ出して?」 真也が嫌そうに、でも大人しくスマホを出した。 「ふたつめ。『妹』の連絡先出して?」 観念した表情でスマホを開く。 この女か。ご丁寧に写真まで貼ってある。 絶対に忘れない。 「みっつめ。私以外の女の子のデータ、ぜーんぶ消して?」 「ちょいまち、それは流れ的におかしくない?」 「ないですよーだ!言うこと聞くって言った!3つまで!」 「ちぇー……母さんはいい?」 「本物認定が必要ですけど?」 「誰が認定すんだよ……」 ほんっとに渋々と。 目の前で女の子のいろいろなデータを消していってくれる。 あれ? なんだか初めて愛されてる実感が湧いてくる。 全部の女より私が大事ってこと? 嬉しい私も相当馬鹿だな。 「できた?じゃあ帰ろ」 「え?桜は?」 「今年のお花見はしゅーりょーです!なんかもう桜はいいかな。『妹』を思い出すから」 返す言葉もない様子で真也が黙った。 やった。これからしばらくこれ言い続けよう。しゅんと萎れた真也が楽しい。 まあ一応? 全部の女子より私を選んでくれたってことで。今年の桜にもありがとうって言っておくか。 その時。 真也のスマホが派手な音をたてて着信を知らせた。 女か男か、はたまたお母さんか。 そこが問題。チラッと見えたディスプレイには名前がなかった。と、いうことは。名前を消去した女の誰かって線が濃厚。 「……でれば?でてもいいよ?」 出ないでしょ?普通でないよね? って敢えて反対のこと言ってるのに。 気づきもしない真也は嬉しそうに電話に出た。 …女か。 あーだめだこいつ。メンタル強すぎ。 でも憎めない。 私は真也を置いて歩き出した。 真也が慌てて追いかけてくる。電話は切った模様。 私の手をとって、指を絡めてくれる。絡め返したその時。 着信音。 「あ、また電話。でてもいい?」 またですか。 * 風が吹く。桜の花びらが舞っている。 電話の相手と楽しそうに話している真也の髪に、桜がとまっている。その様子が可愛くてちょっとイライラする。 やっぱり私。 桜なんか嫌いだ。
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