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2話 面談
面談の順番は警察に任せるということで合意した。いわゆる50音順ではなく、警察が気になるものから順に呼ばれることになった。
面談で使う部屋は、Z-16号室の二つ隣にある空き部屋。中規模ゼミが開かれるぐらいの、広くない部屋。机はゼミ使用のためロの字に置かれていた。
二人の刑事は入って奥の黒板の前に座り、生徒はその対面に座るようになる。一華は、生徒たちは出入口そばに座わった。
一人目 高橋 恵(タカハシ メグミ)19歳。教育学部。
警察が最初に選んだ高橋 恵は、ありきたりな女子大生といった印象を得る子だった。地方から単身やってきて、一人暮らしをはじめ、タガが外れて、オシャレやキャンパスライフを謳歌したいと全身で表していた。
一華的には、先のレポートの期限間近な生徒の一人。としか覚えていない。
メグミはカールを当てたセミロングの毛先を指先で遊びながら、
「緊張するぅ」
と言った。
ただ、言葉の印象とは裏腹に、状況を楽しんでいるようにも感じる。
「よくテレビで見るやつですから。すぐに終わりますよ」
「テレビとかだと、個別に事情聴取って、容疑者確定じゃないですか?」
容疑者にされちゃったの。と誰かに言われて、事情を事細かに話したらそりゃ人気者にでもなれる。とでも考えているのか? 一華はそういうそぶりの見えるメグミの顔から、視線を下ろした。
大学内でよく見る服だ。だから、流行っているのだろう。と思われる服を着てる。いったい何を突き刺すためのものなのか? 爪は鋭利にとがっていて、毒々しい赤色と、黒が交互に塗られている。それも流行りなのだろう。かばんも、靴も、すべてが大学内でよくみられるものだった。―この子に、独自センス。というものはないのだろうか?―つまり、身綺麗にしていて、いわゆる当たり障りがない格好だが、それだけに印象に残らない。それでも一華は差別化するために観察するが、まったく彼女に「特別」というレッテルを貼るところはなかった。
「先ほど聞いた話しと重複するけれど、できれば、もっと詳しく話していただけますか?」
質問するのは、人当たりのいい青田刑事で、その横で、立川刑事は紙の上にペン先を置いたままでいる。ただ、時々、視線をメグミの指先に向けたりしているので、観察はしているようだ。
「いいですけど、私、それほど、本当に親密じゃないんですよぉ」
「ですが、よく連れ立って合コンに行っているって、」
「あぁ、それな」
―どれよ―一華は生徒たちが使う「それなっ」という言葉に多少の反感があり、一瞬眉をひそめたが、あえてそこを指摘せず聞き流すふりをしたが、軽く目を閉じて冷静さを取り戻した。
「佳湖(カコ)って、見た目がかわいい系で派手じゃない? 他所の大学の男子とかが、カコも一緒なら、合コンしようっていう人多くて、うちら的には、ああいう男受けがいい子を連れていくのほんと無理なんだけど。一度、カコがドタキャンしちゃって。って嘘ついてたのね。そしたら、カコが来ないならって、相手みんな帰ったの。まじむかつくでしょ? だからそれ以来、呼ばなくなったの。だからっていじめとかじゃないですよ。
だって、カコってすごく高くとまってて、カコ目当ての合コンを開いたときに、数人がアタックしたんですけど、全員が玉砕。もう、びっくりするくらい、ありえないって感じで対応するんですよ。最後には、私好きな人がいるんで。とか言い出しちゃって、チョーシラケちゃって、まぢで何あれってなって。もう、ほんとムカつく」
メグミはさらに不満をいくつか並べたが、要約すると以上のようなことを話した。
「なるほど、確かに、それほど親しくはないようですね」
青田刑事の言葉にメグミは頷き、
「ほんとそれ。なんで私が呼ばれるのかさっぱりぃ」
「まぁ、合コンの話をしていたのをいろんな人が見てて、親しいのだろうと思っただけでしょうね」
「チョーメイワクですぅ」
一華の頭の中でメグミの言葉がすべてカタカナに変換されていく。この子の語彙力のなさは、生徒と話をしていて感じる宇宙語に匹敵していて、脳が辟易する。
「ところで、同年代の女性として聞きたいんだけど、ただ、少し合コンとかで話をする間柄とか抜きにして、同級生としてみて、山森 佳湖さんは、自殺をしそうかな?」
「え?」
メグミは意外だと言わんばかりに言葉を詰まらせた。意外だという表現は不適切だ。思い出した。に近いかもしれない。そう、山森 佳湖は死んだのだ。自殺かもしれないし、他殺かもしれない。自殺だとしたら、その動機を調べているのだ。他殺の場合は言わずもがな、犯人を捜しているのだろうが。山森 佳湖が自殺したのだとしたら。と考えて先ほど吐いた暴言に後味の悪さを急に感じたようだった。
メグミは右手を頬骨のあたりに持っていき、すぐに下ろしたあと、
「ないと思います」
とはっきりと言った。
「その理由とか、ある?」
青田刑事の言葉はさらに優しくなった。優しいというより親身な感じかもしれない。親切で温かい声だ。これならば、安心して何でも言いたくなるだろう。と一華は思った。
一華が少しだけ青田刑事の方に目線を動かす。青田刑事の言葉は優しかったが、目の奥はけっして優しいわけではなかった。だが、メグミはその上っ面の優しい言葉に短く息を吐き、
「カコの好きな人って、たぶん、ホストだと思うんですよね」
急にホストの話題が出てきて、年頃の想像力に一華は内心で苦笑する。
「なぜ?」
「バイト始めたんですよ。急に。で、合コンとか誘いにくくなったんですけど、なんでバイトって聞いたら、好きな人のためとか言って。お金が必要ってことでしょう? あ、もともとカコって、バイトしてるんですよ。それが、別のバイトも始めたんですよね。ファミレスやってて、あと、コンビニだったと思うけど。でバイト休みが一日しかなくて、レポート書くのに合コンなんて行ってられないって、言うから、……だから、……だから、ホストだと」
「なるほど。バイトの掛け持ちをしてたら確かにそう思うね。ほかに、ホストが相手だと思う点は? 店の名前とか、源氏名とか聞いたことはない?」
「そういうのは……。でも、相手の好みに合わせて、最近大ぶりのピアスに変えたって言ってました。と言っても、すごいわっかとかじゃなくて、もともと耳たぶに小さい花ぐらいのピアスだったのが、少し大きくなって、あと、左耳にもう一個開けたって言ってました。左右対称じゃないから変なのって思ったけど」
「左に二個、右に一個?」
立川刑事の言葉が低く響く。メグミは一瞬息をのんだが、静かに頷いた。立川刑事が紙に走り書きをしたので、メグミは青田刑事の方を向いた。
「確かに、左右対象じゃないのは、見た感じ変だね。歩くバランスとか悪くならないのかねぇ?」
「ピアスごときでは変わらないと思うけど、あ、でも、耳ってツボがあるから、バランスとか、悪くなって、落ちちゃったのかも……」
メグミは自身の軽率な発言に顔を青ざめた。
メグミは―すべてに感化されているわけではなく、表向き、今だけははっちゃけたいだけで、根っからあか抜けた陽気な方ではないようだ。それならば本来の姿に戻す方が、彼女の印象的にもいいような気がするが、それはただの老婆心で、余計なお世話なのだろう―
「例えば、彼女が、そのホストに失恋したりしたとして、……今の段階でホストが相手かどうか不明だけども、失恋で自殺を選んだりすると思う?」
「さぁ……てか、今時失恋ごときで自殺する人っていなくないですか? 逆にストーカーになる人の方が多そうですけど」
青田刑事が苦笑いを浮かべる。
確か、数日前も、他の管轄内で別れ話をきっかけに男がストーカーとなって女性を襲おうとして現行犯逮捕されたことがあった。確かに、ストーカーになって犯罪を犯す方が多いような気もする。
「では、彼女に限らずなのだけど、十代の、十九歳の、君たちが自殺をしようとするならどういう動機が考えられる?」
「カコのことは、」
「彼女のことは置いといて、一般的に。ほら、おじさんだから、若い子のそういうのってよくわからなくて、」
青田刑事の言葉にメグミは一華と立川を見た。青田刑事に関しては、「刑事さんそんなおじさんじゃないですよ」と言えるが、一華は普段から「おばちゃん先生」と呼んでいる以上、おばさんの年齢だと思っている。それ以上に立川は父親ぐらいの年齢だと思ったので、その二人を前に、そんな歳じゃないですよ。というのはどうなんだという表情をしながら、そこを考えるより、と青田刑事の方を見て、
「いじめが一番多いと思いますよ。SNSではぶられたとか、悪口書かれたとかっていういじめですけど。あとは、借金かな」
「奨学金とかの?」
「あー、違う違う。遊ぶお金ですよ。それこそ、ホストもそうだしぃ、おしゃれで破産とかもよく聞きますよ」
「君は大丈夫そうだね。しっかりしているように見える」
「……どうも、」
メグミは少し俯き気味に返事をした。
二人目 新田 玲(ニッタ レイ)19歳。教育学部。
新田 玲は地元ながら一人暮らしを始めたが、メグミのように羽目を外すこともなく、世間でいう陰キャの部類にいると自身で言った。
「合コンとかにも行かないですし、山森さんや、高橋さんのようなグループにもいません。ですから、私がここに呼ばれた理由が解らないのですが」
入ってきてそうそう、着席もする前からそう言い、青田刑事が申し訳なさそうに座るように言った。
寒くなっているので、少し厚めのカーディガンを羽織り、おしゃれには無頓着だといった通り、おしゃれには左右されないクリーム地のシャツとスミクロ色のロングのカーゴスカートを履いていた。大き目のトートバックは、雑多袋よろしくいろんなものが入ってそうだった。
「先ほども言いましたが、私は、」
「親しいから呼ぶとも限らないのですよ」
青田刑事がにこりと笑っていった。
「あなたの場合は、ほかの人と違って、山森さんを毛嫌っていたといろんな人から話が出ていまして。なぜかなと」
「嫌っているから、私が殺したとでも思っているんですか?」
「殺されたと思いますか?」
「さぁ……本当に親しくないですし、興味ない人種の人ですから、どうでもいいんですけど。毛嫌っていたのは、彼女の香水がきつくて。……私過敏性鼻炎を持っていて、強い香水とか本当に無理なんです。彼女の香水はどこか甘くて、思い出しただけでも鳥肌が立つんですけど、でも個人の自由ですから、黙っていましたよ。最初は。でも、そのうち我慢できなくなって、その香水がきつい所為でくしゃみが止まらなくて困っている。って、言ったんです。そしたら、一応、控えてくれたんですけど、周りの人が、私が言ったから気にしたんだって。逆に私が悪者扱いされて。どうせ、山森さんが、私にきつく言われたとかでっち上げたんでしょうけど。だから、関わりたくないというか、」
それだけのこと? と言われそうだとでも思ったのか、レイは黙った。
「いや、体質は目に見えないだけで、本人は非常に困る問題ですからね。あなたがしんどかったのは事実だし、それで、彼女が改善してくれた。本来ならいい話ですが、よくないのは、周りが、無関係な周りが口をはさんだ点ですね」
青田刑事の言葉にレイは一瞬目を丸くした。たぶん、自身が本当に欲しかった言葉を―本人は何をかけてほしい言葉なのか解っていなかったが―言ってくれたことに感動の驚きを見せた。
「ありがとうございます。そうだと思います。もし、周りが変な風に言わなければ、翌日適度につけてきてくれたことに感謝を述べるつもりでしたから」
レイはふと、先ほど、山森 佳湖に対して無関係で、無関心だ。と言った言葉を後悔していた。
「荷物、多いですね。女子ってみんな、」
青田刑事が急に話を変えたので、レイは拍子を突かれ慌てて自分のカバンを見る。
「あ、そう、そうですね……ほかの女子のカバンの中身は知りませんが、私は、マフラーと、水筒と、非常食……地震が起きた時に、チョコレートとかあった方がいいと言ってたので。あとは、授業に関係するファイルや資料が入っているので、どうしてもこのくらいのサイズになります。暑かったら上着も入れられますから」
「なるほどね。用意周到ですね。
ところで、山森 佳湖さんは、自殺したと思いますか?」
青田刑事の言葉に、レイは少し緊張したように顔を引きつらせ、
「いいえ」
と短く答えた。
「その理由は、何かありますか?」
「……自殺をしようと思うほど、彼女は弱い人には思えなかったので」
「弱い人は自殺をしますか?」
「……それも、わかりません。強い弱いは人によって違いますから。何かが弱っていた時に、自殺が選択として出た場合、選ぶ人がいると思うんですが、山森さんの場合、弱っても、自殺を選択肢に入れないと思うます。……なぜと言われても、なんとなく、そんな気がする。というだけで。うん。選択項目には、出ないと思いますね」
レイはそう言って力強く頷いた。
「根拠なく、そう思うと? それは山森さんにそう言う強さ的なものを感じるということですか?」
「強さ……とは違いますね。うーん、説明が難しいですが、似ているとすれば、そう! 今おなかが空いてます」
「はい?」
レイの突然の言葉に青田刑事が素で聞き返して、すぐ立川刑事の方を気にして咳払いをした。
「目の前に、」
レイはそんなことは気にせず、会議用机の方を見つめ、ジェスチャーを交えながら
「ジャガイモ、ニンジン、玉ねぎ、お肉があります。何かを作れば空腹はしのげます。何を作りますか?」
レイは青田刑事の方を見て、立川刑事を見て、そして一華を見た。
「カ、カレー?」
青田がそう答えると、レイは三度頷き、
「ですよね。私もカレーだと思ったんです。でも、そこに居た、あ、そこはサークルで、二十人ほどで会話しているときに、誰かが聞いてきたんです。どうするって。男子でした。なんでも、彼女に聞かれて……その人は、その材料で何を作ってくれる? て聞いてきたようで、カレーだと答えると、ありきたりだと言われたと愚痴っていたんですが、二十人中五人が「肉じゃが」や「シチュー」と答えたんです。
カレー派が多数でしたが、中には違う選択肢を持った人もいるんですよ。でもそれって、私の中に、ジャガイモ、ニンジン、玉ねぎを使った料理の中にカレー以外なかったんです。確かに肉じゃがも、シチューも作れるけどです。カレー一択でした。
逆に、カレーだと答えた男子は、そもそも肉じゃがを作ったことがないし、シチューも作らない。カレーなら、キャンプで作ったことがある程度の料理をしない男子だった。だから、カレー以外の選択肢がなかった。
少数派の肉じゃがやシチューを選択した人たちは、数日前にそれを作ったとか食べた人だったんです。
つまり、選択肢の豊富さはその人の経験によるものだと思うんです。知っていても、体験していないと出てこないという、」
「自殺を選択肢に出さない人は、自殺に縁遠いと?」
「ええ。山森さんはそんな印象でした。だからって苦労してないとかは思いませんが。好きなタイプではなかったので、実際のことなどわかりませんが」
レイはそう言って静かに退席した。
三人目 清水 樹里亜(シミズ ジュリア)19歳。文学部。
三人目の学生に一華は眉をひそめた。―こんな生徒いただろうか?―それに対し、ジュリアは首をすくめ、
「代返がばれちゃう」
と言いながら座った。
一華はため息をつきながら、確かに、代返をしている生徒のうちの一人だと名簿にはメモ書きがあった。
赤茶けた毛先をもてあそびながら、ラインのしっかり引いた眉とアイラインが際立つ顔をしている。19歳の女子大生というよりは、20代半ばのキャバ嬢だと、青田刑事は思った。三人の大人は直感的に―なんて派手な子なんだろう―と思った。
ジュリアは椅子に座ると、ため息をつきながら、
「山森 佳湖について思っていることを話せばいいの?」
と言った。
目元が際立って濃いラインを引いているのに、よく見れば化粧はそれほど濃くなくて、口紅も本人の肌色に合った色を引いている。高橋 恵のように鋭くとがった爪もしていない。なるほど、目の一重と小ささをカバーするような、デカ目メイクというやつのようだ。
「君ははっきりと山森 佳湖が嫌いだと言ったからね。警察が亡くなったくなった人の話を聞いているときに、あれほどはっきり好き嫌いを言う人は珍しいからね」
「でも、いずればれるし、他の人から言われるより自分から言う方がいいから」
「なるほど、それはそれで助かるよ」
ジュリアは青田刑事に言われ少し肩を上げて照れた。
「それでっと、なんで嫌いかっていうとね、あの女、あたしの彼氏と浮気してたのよ。浮気した挙句に、向こうでくっついたのに、一日二日で別れたの。つまり人の者にちょっかいを出すくせに、自分のものになったら飽きちゃうっていう、性悪女よ」
ジュリアはそう言って、恨めし気に顔をゆがめた。
「その元カレは山森さんに未練とかあったかな?」
「さぁ、まぁ、かわいい子だから? 連れて歩くにはよかったんじゃない? それが未練とかは解らないけど」
「彼の名前は聞いても大丈夫?」
「別にいいけど……でもあいつがカコを殺したとかは思えないんだけど」
「どうして?」
「だって、あいつ、かなりのヘタレだから。浮気はするけど、そういう度胸はないと思うよ。もし、別れ際何かあったら、ストーカーになりそうだとは思うけど」
「最近そのストーカーが問題を起こすからね」
ジュリアは、そうね。と言わんばかりのため息をつき、
「田上 玲。ここの卒業生で、今はコンビニで働いてる。バイトだけど」
と言った。丁寧に住所と電話などを教えてくれた。
「今は付き合ってないんだね?」
そういった青田刑事に、
「浮気した男とは無理っしょ」
とジュリアは言った。
「なるほど。
ところで、山森 佳湖さんに対する印象は……彼氏を横取りされた性悪女以外に、何かある?」
「……よく知らないのよね。まぁ、あんな見た目だから、派手で、男好きだったんじゃないの? 私かわいいでしょうってなんか、遠めでも解るっていうか、そんな風に見えたけど」
「実際のことは解らない?」
「……私を見てどう思った? 派手だなって思わなかった? この目メイクの所為でよく言われる。話したら、やっぱり変わんねぇとか言われるけど。でもそれって、人を見た目で判断してるって言ってるようなもんじゃない? だから、山森 佳湖がどういうのなんて、私は話したことないからわかんないんだよね」
「なるほど。
じゃぁ、その見た印象で、彼女は自殺をしそうな人だと思うかい?」
「さぁ。正直、自殺を選ぼうと思ったことがないから、そういう方法もあると……どういうの? なんかないのよ。逃げる方法っていうの? そういうものの中になくて、まぁ、よくて休むとか、代返してもらうかぐらいで。でも、まぁ。そんな大きな悩みを抱えてないっていうのもあるかな」
「なるほどねぇ。
じゃぁ、山森さんのことは考えないで、19歳の子が自殺を選びそうな理由とか、思い当たることがある?」
「さぁ……失恋とか? いじめ? SNSではぶられたりするとそうなのかも。あとは……何だろう、思いつかないけど」
「借金とかは?」
「借金? ……まぁ、そういうこともあるのか……解らない。だって、今めちゃくちゃ楽しいから、そんなときに自殺なんて思わないよ」
「確かに。すごく参考になったよ」
青田刑事の言葉にジュリアは退席していった。
四人目 北山 玖理子(キタヤマ クリコ)22歳。 教育学部。
四人目は22歳の北山 玖理子だった。玖理子は今までの生徒とは違って少し大人びていた。年齢もあるだろうが、今までの19歳の一回生よりもずっと大人な印象だった。
「22歳で、一回生?」
青田刑事の言葉にクリコは首をすくめ、
「病気をして、入院をしていたので、」
「大変でしたね。それでも大学に入れてよかったですね」
「ええ、でも、入院は痛手で、第一志望には入れませんでしたが」
一華は首を傾けただけにした。青田刑事はそれに首をすくめ、クリコの方を見た。
肩少し上のボブのストレートという印象的な髪形に、赤い縁の眼鏡をかけていて、気の強そうな眼をしている。青田刑事の私的見解だが、こういう目をしている人は妥協を許さない人が多いと思う。
「山森 佳湖さんについてですが、」
「ええ、そうですね……かわいい子でしたよ」
クリコはしんみりとそういった。
「彼女とはいろいろと一緒に居たので、疑われたり、重要なことを知っているかも。とか思われるかも知りませんが、まったくそんなことはなくて、多少他の人よりは知っているけれど……彼女、まったくプライベートを話さないというか、ええ、よく知らないんです」
「まったく?」
青田刑事の言葉にクリコは考え込み、はっと顔を上げると、
「彼女、ストーカー被害に遭っていたんです。それで引っ越したら、私の家の近所で、登下校が怖いからという理由で一緒になって、学部も同じでしたし、専攻していた科も結構同じだったので、それで何となく一緒に居たという感じで、」
「ストーカーですか」
「ええ、かなりしつこいようで……結構怖がっていました」
「バイトをしていたことは知っていましたか?」
「バイト、ですか? いいえ。……聞いたことないですね。論文を書いていて寝不足だとはよく言ってましたけど」
「引っ越してきた時に比べて、彼女の服装や持ち物が派手になったり、変わったりしましたか?」
「いいえ。かわいい顔をしているのにおしゃれをあまりしていない印象でしたね」
「彼女の家に行ったことは?」
「ええ、よく行きました。タコパをしようと言われたり、でもタコが高くてチーズボールとか、なんか別のもの入れましたけど、あと、映画見ようとか、行ってますよ」
「例えば、その時、いろんなものを触ってますか?」
「え? 指紋、てことですか?」
「まぁ、あなたがいろんな場所を触っていれば、あなたの指紋は除外できますからね」
「……彼女に言われて、クローゼットの中のものをとったりとかしたこともありますよ。泊ったこともあって、お風呂も借りたし、ちょっとした来客よりは、いろんな場所を触っているかもしれませんね」
「なるほど。いや、不快にさせてすみません」
「いいえ、そうですよね。彼女は殺されたんですものね」
クリコの言葉に三人の大人が緊張した視線を向ける。
「殺された。と思っていますか?」
青田刑事が声のトーンを変えずに聞く。
久理子はきょとんとした顔をして、さも当たり前だと言わんばかりに、
「ええ、だって、彼女が自殺をする理由がないんですもの。彼女は好きな人がいて、その人のために自分磨きを頑張っていたんです。ちょっとキラキラしてて、その時、私、論文がうまくいかなくてイライラしていたのもあって、ちょっと、意地悪く、もし相手に好きな人がいたらどうするの? って聞いたら、その人を好きだという気持ちは変わらないし、付き合えるとは思っていないって。だけど、その人を好きな自分を否定して好きになってもらおうとする努力を辞めるのは違うと思うのって。なんて強いんだろうって、意地悪く言った私がすごく恥ずかしくて、みじめに感じたんです。だから、私は彼女の恋を応援していたし、相談にも乗ったんですけど、相手の人のことは何も教えてくれなくて。彼女はただ、素敵な人なのよ。としか言わなくて。誰かまでは、解らないんです、」
クリコは目に涙をためながら最後は弱弱しく吐き出すように言って俯いた。
「もう少し、相談に乗っていればよかった。彼女を殺したのは、ストーカーか、その片思いの相手かも……彼女の頑張りがうるさくなったとか。近くをうろつかれて迷惑だと思ったのかも。それとも、新しい恋をしようとしている彼女を許せなかった元カレとかかしら? どちらにしても、彼女は殺されたんです」
クリコは力強く目の前の刑事をねめつけた。
「彼女は、殺されたと? 自殺ではないと?」
「あり得ません。断言できます。死ぬ理由がないんですもの」
「その片思いの相手に、ほかに好きな人がいたと、つまり失恋したら? 動機の理由にはなりませんか?」
「あり得ません。絶対に、彼女は殺されたのです」
クリコはさらに強く言い切った。
五人目 藤森 真琴(フジモリ マコト)19歳。教育学部。
最後に招かれた藤森 真琴は、長時間待ったことと、待たされている間の緊張でかなり疲労の色が出ていた。
長くつやつやした黒髪は背中の中ほどまであって、ハーフトップにした結び目には蝶のモチーフのバレッタが止まっていた。メガネは伊達メガネのようだ。度が入っているようには見えなかった。背筋を伸ばし、凛とした印象を与える。
「山森 佳湖さんについて話を聞きたいのですが、あなたは彼女とどのくらい親しかったですか?」
「親しくなんかないです。どちらかと言えば、嫌いでした」
「なぜ?」
「彼女は、その、あまりいい人だとは言えないからです」
「それなのに、話をよくしていたと聞きましたが?」
「…同じ専攻のゼミの課題班が一緒で、仕方なくです」
マコトは本当に嫌そうに顔をゆがめて言った。
「なぜそんなに嫌いなんですか?」
「なぜって、彼女は、……ですから、あまりいい人だとは、」
「具体的に、あなたに何かをしたんですか? あなたではなくても、知り合いとか、」
「いいえ。近づいたりしなかったので。でも、彼女は……、」
マコトの心情が解るわけではないが、たぶん、―死んだ人を悪く言うのは、―という心理でも働いているのだろう。眉間に眉をひそめたが、意を決したような、この決め方は、これ以上巻き込まれたくないから話す。という印象を受けた。
「彼女の見た目が嫌なんです。ちゃらちゃらしてて、男に媚を売って、かわいいは正義というような、声だって、甘ったるくて、人にやってもらって当然。のような感じで。そのうえで、彼女は人の彼氏を奪っておいて、付き合って三日で別れたりする人なんです。
私は浮気する人も、人の恋人を横取りする人も嫌いです。あんな女のどこがいいのかわかりませんけど、ああいう女はいなくなっていいと思います」
マコトは強く言って、口を堅く結んだ。
「彼女が恋人を横取りした。のは、あなたの彼氏のことですか?」
「いいえ。違います。もし私に付き合っている人がいたら、あんな人の前に連れてなんて行きません」
「なるほど。では、その、山森 佳湖に引き裂かれたカップルの、彼女の方と友達ですか?」
「いいえ。知りません」
「彼氏の方とも」
マコトは頷いた。
「じゃぁ、その横取りの件は他人から聞いた話ですか?」
「ええ。でも、そういう話は本当のことが多いでしょ? じゃないと、名誉棄損じゃないですか。でも、そういう話があるってことは本当なんですよ」
マコトの言葉に青田刑事が思わず立川刑事の方を見た。
「関係ない話だけど、」
一華が急に話をかけ、三人が同時に一華の方に顔を向けた。
「そのかばんについているピンバッチは今はやりのアニメの奴?」
「え? ええ」
一華に急に話しかけられ驚きながらトートバックを引き寄せ、それにつけているピンバッチを触った。
「今はやりで、すごい人気なんですけど、ちょっとグッズとしては大きいのはあれだったんで、このくらいならかわいいかなって」
「なかなかセンスがいいピンバッチの大きさ」
一華の言葉に、マコトは首をすくめてほほ笑んだ。
「話を戻していいですか? すみません。
では……。あなたは山森 佳湖さんは自殺したと思いますか? 殺されたと思いますか?」
「……正直な意見、ですよね? どちらでも関係ない。というのが正直な意見です。無関係な人ですから」
「なるほど」
「あんな容姿をしているんです。ストーカーとかに狙われたかもしれないし、ああいう風な人でも、失恋して自殺を選ぶかもしれないですし。どちらにしても、私には関係ないですから」
マコトははっきりと言って出ていった。
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