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3話 一華と叔父の会話
下校時間を過ぎると急に学校は物寂しくなる。静寂は個室の中に居ても気づけるほどで、それでなくても北舎は人の気配が少ないのに、ほかの校舎から声が消えると、さらに闇が広がる感じがする。と、トイレから出てきた青田刑事は思った。
北舎の廊下は電気がついているとはいえ薄暗く、ホラー映画でよく見るような緑を印象付ける蛍光灯の明かりがさらに恐怖を煽る。
Z16号に足早に戻る。怖いのではない。泡立つ肌が気持ち悪いからだ。
Z16号は人がいるというだけでほんのりと温かく感じた。一華たちに付き合っていた助手の小林君が帰り支度をしている。
「鍵どうしますか?」
と助手の小林君が言い、一華は唸ってから、
「うちに来ますか?」
と二人の刑事に声をかけた。
「お二人で(署に)帰ってさっきの話をもう一度考えるんでしょう? ただ、私を同席させたうえで、私の意見をここで聞かないのなら、もう、帰りますが」
立ち上がった一華に次いで立川刑事が立ち上がり、四人はZ-16号室を出た。
青田刑事と立川刑事は大学の来客用の駐車場に停めた車に向かう。一華は歩いて門の方へと向かい、助手の小林君はスクーターに乗って颯爽と走り去った。
青田刑事が車に乗り込むと独特のにおいが鼻をつく。
何も言わず立川刑事を横目で見ながら、エンジンをかけた。さらに何も言わないので、シフトレバーに手を置くと、
「一華先生の話を聞こう」
と立川刑事が言い、青田刑事は短めに返事をして一華の後を追った。
「やっぱり、車で行くには近いなぁ」
一華は明かりのついている部屋、叔父が営んでいる「九十九何でも屋」のドアを開け、二人の刑事に応接の椅子の方を指さした。
二人の刑事は会釈して中に入り、コートをそれぞれが座るソファーの背もたれにかけ置きして、ソファーに座った。
「お腹空きませんか? 出前、頼みますが、いつものでいいですか?」
一華は返事を待たずに電話を開け、
「三人前」
と言ったところで、部屋の暗がりから、
「追加」
と声がして、「四人前」と言い直して電話を切った。その直後、水の流れる音がして、トイレから一華の叔父 白戸 啓介が出てきた。
「こりゃどうも、」
という挨拶をした白戸に、
「お邪魔してます」
と立川刑事が答えた。
「それで、今回はどんな事件で、うちの一華が絡んでるんですか?」
と何の抑揚もなく啓介は聞いた。批判も非難もない、興味も野次馬的興奮もない声だ。それをどういう感情の声なのか察するのは難しかった。だが、ただのあいさつ。のような感じが一番近そうな、心のない声だった。
一華は向かい合って並んでいる事務机の一番奥にある、紙山が乗った机の側に鞄を置きながら、
「一人の生徒が死んだ。自殺か、他殺か不明。自殺なら動機をはっきりさせなきゃ遺族がかわいそうだし、他殺なら、誰に殺されたのか突き止めなきゃいけない。っていう段階」
「生徒? いくつの?」
「十九歳」
「若いねぇ」
「若いよ。大学生だ」
「死にたくなるような理由があったのか?」
「話を聞く限りでは、……警察に聞かれたんですーって、生徒が騒いでて、それを聞いた限りでも、山森 佳湖が自殺をしようとするような悩みを抱えているとは、誰も思っていなかった」
「いなかった……友達とかもそういっていると?」
「……友達かぁ。あれは友達というのかね? ゼミが同じだったとか、合コンで誘っただけとか、あぁ、一人家に泊まる間柄なのに、相手のことをまるで知らない子もいたねぇ」
「今の子たちは関係が希薄だな」
啓介の言葉に一華が首をすくめる。
「希薄と言えば、」かばんから紙を取り出す。「藤田 真琴。彼女はうっすいねぇ」
一華の言葉に立川刑事が首を傾げるだけだった。
「彼女は自分自身を持っていて、自立している風を装っているけれど、そうでもない。私は私の道を行っていると信じているようだが、周りの流行に合わせていないと不安だったり、かといってそれを指摘されるのは恥ずかしいから、それとはわからないようにしておきながらも、まったく外れていないと見せている」
「ピンバッチですか?」
青田刑事の言葉に一華が頷く。
「あのキャラクターはかなり流行っているようでね、うちの研究生たちもあのグッズをジャラジャラつけている子がいて、重くないかって聞いたら、かわいいからいいのだそうだ。だが、あれも流行り廃りがあったり、自分が成長して合わなくなるのではないのか? と聞いたら、その時は取ればいいだけだから。と平気で言ったんですよ。
ただ、あのキャラクターは、最初、そういうグッズものを取り扱っている店でしか買えないグッズ商品らしくって、一人五品までだとか、まぁ、くじで景品を当てている感じだそうだけで、かなり、選んで買わなきゃいけないものだったらしいんですよ。
最近やっと普通に売られるようになっていて、藤田さんがつけていたものは、量産型―というらしいですよ―のようですね。それもファンなら買い集めているようだけど、生粋のファンである子たちに言わせたら、あれしか持っていないのは俄かなんだそうですよ。
まぁ、そういう世界のことはよくわからないが、根っからのファンはあれを買わないんだそうだ。なぜって聞いたら、あれじゃない。んだそうだ」
「よく解らん世界だな」
「極めた世界というのはどこでも同じだが、外から見れば変な世界なものだよ」
啓介の言葉に一華が答える。
届いた出前は、大盛りのラーメンとチャーハンと餃子だった。
立川刑事が一華を見たが、一華は何事もなくそれらを完食した。
立川刑事は餃子とチャーハンを半分ずつ青田刑事に分け与えた。
「とりあえず、彼女たちの話しと、他の生徒たちから聞いたことを整理すると、
―山森 佳湖はあまり人付き合いをしていない。そして、悩み事はなさそうな普通の子―
という印象を持った。
皆、山森 佳湖の存在は知っている。かわいい顔をしていて、かわいい服を着て、甘えたような声を出し、男子が好きそうな人。だけど、特定の彼氏がいるわけでもなく、かといって、女友達と一緒にいることもなかった。時々誰かと話をしているくらい。ということばかりだった。
そこで、青田刑事も質問していたけれど、十九歳の女子大生が自殺を考えるかもしれない動機って何があるかと聞いたら、失恋、いじめ、借金が主だった理由だった。
一人ぐらいが病気と答えたが、その子は親戚が病気で亡くしたばかりでそういう発想が出たのだと自分で言っていた。
それを踏まえて、雑談している子たちにもう一度聞いた。
山森 佳湖は失恋しただろうか?
いじめられていただろうか?
借金があっただろうか?
どれもが「ないと思う」。という返答だった。ないと言い切れないのは、彼女のことを知らないからだ。だが、人はうまく隠すものだと言ったら、失恋や借金は解らないが、この大学内でいじめなんてそんな幼稚なことはないと思う。そんなうわさは聞かないと言った」
「だが、いじめなんてものは表面に出にくいだろう?」
「そう。だから、うわさが出ないだけかもしれない。いじめられているものの兆候とすれば、休みがちになるものだろうけど、山森 佳湖は無遅刻無欠席だ。多少遅れてきていたが全力で走り込んできたので遅刻は免れていたことはあっても、基本は無遅刻無欠席だ。
ほかの担当した先生たちに聞いたが、テストもほぼほぼいい調子だし、レポートも期日内に提出している。かなり真面目な生徒だったという。
はっきりと断言できないが、いじめでないとするなら、失恋か借金だ。五人の中の一人が言ってたな、えっと、そう、最初の高橋 恵ですね。彼女が、山森 佳湖はバイトを二つに増やした。その上でレポートを書いていたりしたら、合コンなんて行けないと言われた。誘いを断られたとね。
そこでホストにのめり込んで、借金があるのではないか。という話が浮上するわけだけども、四人目の北山 玖理子の証言では、休みの日に泊まったり、タコパをやったりしていたという。
私の知り合いの経験上だが、ホストにのめりこんだりすると、夜と昼となくそこに通っていくような気がする。女友達と遊んだり、宿泊したりなんてことをするのだろうか?」
「ホストにはまったってのは、あれか、近所の花屋の奥さんか」
「そう、仕事放って、ホストと一緒になる気でいたら、水商売のたわ言信じるなって捨てられて出禁にされて、それまでは鬼嫁で亭主を尻に敷いていたのに、今じゃぁ大人しくなったあの奥さん。あの人見てたら、中毒性のあるものにのめり込んだら、ほかのことなんかどうでもよくなると思うのよね」
「そうだな」
「となると、ホストに貢ぐためにバイトを増やしたとは考えにくい。かといって、生活苦だったかと言えば、そういう風な話しは一度として出てこなかった」
「同じ服を着ているとか?」
「見栄っ張りで、同じ服は着ないという意見もなかった。可もなく不可もない服装だったんだと思う。着回しもするし、季節によっては新調する程度かな。派手な服だったということもなかった。
じゃあ、何にお金が必要でバイトを増やしたか」
「脅されていたとか、事故して示談にしたとか、そのくらいか?」
「そういう悲壮的な様子も見なかったらしい。話が一度も出なかった」
「友達らしい人がいなかったらみんな解らないのじゃないのか?」
一華が唸って腕を組む。
ここまで、立川刑事も青田刑事も一言もしゃべっていない。彼らは世間話を盗み聞ぎしているだけの壁か空気なのだ。と一華は思っている。だから、一華も白戸も二人に同意も、話しも振らない。あくまでも、この会話は、一華と白戸が今日の出来事を話していて、二人の刑事はそれを盗み聞ぎしているというていなのだろう。別に気にしないでくれと宣言はしていないが、なんとなくそうしているのは、警察関係者が一市民の意見を真に受けるわけがないと思うからだ。刑事の方の意見は解らないが、誤って捜査内容をしゃべってはいけないから黙っているのかもしれない。
立川刑事は黙って腕を組み一点を見つめているだけだったが、青田刑事ははっきりと一華と啓介と、話している相手の方に首を向けている。
「唯一、友達らしいことをしていたのは、北山 玖理子さんだけだったね」
「古風な名前だな」
「病気療養していて入学が遅れたようでね、今二十二歳だって」
「おお、それでも大学に入ったのはすごいな」
「そrがうちの大学だけどね」
「お前、それ、自分の大学の評価落としすぎだろ」
一華は笑い、「なるほど」とつぶやいてから、
「それなっ。か」
と短く言った。啓介が首を傾げる。
一華は苦笑しながら、
「いや、生徒の間でよく言ってるのよ。ああ、それなっ。って。何がだよって思ったけれど、なるほど、そういうこともあるね。と同意するときの言葉なんだね。確かに、そういうことだわ。とかいうより、「それなっ」といった方がしっくりくる軽度な同意には適語かもしれないな」
「また難しく考える。ノリで行けよ。ノリで」
「啓介は思考が若いねぇ。いや、幼いのか?」
白戸がむっとするのを一華が笑う。
「それで? お前が気になる点というのは?」
一華が今度は首を傾げた。
「気になるから、刑事さんを誘い、部外者の俺に話を聞かせているんだろう? 四人だっけ? 話を聞いたの?」
「五人」
「あぁ、五人。で、何が引っ掛かった?」
「引っかかった……そう、引っかかるというより、気になった感じだな」
「じゃぁ、まずは一人ずつ分析してみるか?」
一華は頷き、紙を広げた。
事情聴取中、一華は手元に何も筆記用具を用意してはいなかった。だから、この書き込みが会見後になって書いたものだと解った。パッと見る限りでもあの場で筆記していた立川刑事と似たようなことが書かれている。ただ、印象や感想は違うのだが。
「高橋 恵。彼女は一人暮らしを始めたことをきっかけに遊びに目覚めて、従来のリーダー気質が表に出たのか、合コンの幹事をよくしている。合コンをする意味に関しては、彼氏が欲しいからとかよりは、遊びまわっている、お気楽な自由人を気取っている、女子大生。を演じている感じがする。その方が都会っぽいとか思っているのかもしれない。
見た感じは派手だと思ったが、内面はそうでもないし、大学デビューってのがすぐにわかった」
「その何とかデビューての嫌いだな俺は」
啓介の意見に一華も頷き、話しを続ける。
「それで、高橋さんだけど、山森 佳湖を誘って合コンを開いたんだけど、すべての男子が山森さん目当てで 主役になれなかった。まぁ、学級委員長との合コンなど楽しいはずがないだろう。彼女自身は山森さんが派手だからと言っていたが、あれは違うね、仕切られすぎると興ざめしてしまった結果だと思う。
彼女から聞き出した山森さんの印象は男好き。合コンで散々ちやほやされたのに、一人に絞らずに帰るらしい。だが、乗り気でなく、頭数揃えるためとか、エサとして参加を強制されている人が楽しんで居られるとは思えないのだがね。
彼女が最近山森さんを誘わなくなったのは、誘わないのじゃなくて、山森さんがバイトを入れたせいで誘えなくなったと言っていた。自分が仲間外れをしているわけでも、いじめているわけでもない。というようなことを言いたげな感じだった。
次の、新田 玲さんの山森さんの印象は、非常に悪い。嫌いになるような何かがあってそれから何をするにも嫌いになったようだが、新田さんの場合は、山森さんに対して異常なほど監視していると感じた。山森さんの香水でアレルギーが出たから、山森の側に居ないように離れて座ろうとしたり、距離を保とうとした結果。と言えなくもないが、逆を言えば意識していることにもなる。嫌いだから、気にして気分悪くなるなら見ない。という選択ではなく、嫌いだから監視をして離れておこう。とするタイプ。
彼女はずっと、興味はない、意識もしていない。という風な態度をとっていたけど、彼女をよく見ていたからね。
香水について注意をした後、山森さんは気を付けてくれたが、周りがそれを許さなかった。悪者にしたのは周りだったと解っていた。だから、彼女は、下手に山森さんにかかわり自分が悪者になるのも嫌だし、山森さんに嫌われたくなかった」
「嫌っていたのにか?」
「気になるけど、近づけない。向こうから近づいてきたら、仕方なく付き合ってもいいわ。という、」
「プライドの高い女だなぁ」
「そう、彼女は人づきあいでかなり損をするタイプだと思うわ」
一華はそう言って紙をめくる。
「三人目の清水 樹里亜さん。すごい名前だよ。あたしの授業を受けているなんて知らかったけどね」
啓介が眉を片方上げて呆れた顔で一華を見た。
目の端に座っている刑事二人はまるで置物かのように微動だにしない。特に立川刑事に至っては面白いものを見ているような顔をしているが、目はまるで笑っていない。青山刑事は感心するようなそぶりも見せているので、この好青年は人に好かれるタイプだと改めて思った。
「清水さんの所は面白かった。というべきところだろうね。唯一理由と原因があるところだよ。
彼女には付き合っている人がいた。タガミ アキラという青年で。二人の仲を引き裂くように山森さんが現れた。彼は清水さんと別れてすぐ、山森さんと付き合ったが二日で別れた。別れさせられた清水さんとしては二日で別れるならなんで盗るんだって、だから嫌いだと言った。
警察を目の前にしてあれほどはっきり動機があります。というような「嫌い」という言葉を言ったからには相当嫌いなのだろうが、憎いとは一度も言わなかった。
もし、自分の恋人を横取りされたら嫌いでは済まない気がする。憎くて、腹立たしくて、いっそ、本当に死んでしまえと思うだろう。それが「嫌い」で済んでいるところを見ると、彼女の気持ちはすでに彼から離れていた可能性がある。
さらに、彼女は山森さんの性格を解らないと言った。見た目が派手でも中身は違うかもしれない。と。
自分の恋人を盗んだ相手の性格を言う時には、せいぜいありもしないことを盛りに盛って、盛大に悪態をつくものだろう。それを、人は見た目じゃないだろうからわからないと言った。
やっぱりその点でも、彼女の彼への気持ちは減ってきている気がする。
四人目が、北山 玖理子さん。病気療養で今年入学した22歳。第一志望には入れなかったが、大学で学びたかった。というだけあって、右手にはペンだこができていた。今時珍しいペンだこだよ。
こちらから見たらまだ幼いけれど、なかなか大人な雰囲気のある人だったよ。22歳にしては大人っぽいが、まぁ、社会に出たら、いくつだろうと大人びた子は大勢るからね。
彼女だけは山森さんの家に行ったり、登下校が一緒だったり、学食まで一緒だった。だけど、山森さんの性格などについては一切解らないと言った。彼女に起きた大きいニュースは頭に入っているようだが、部屋にまで行っているのに、彼女の好きなものなどは全く出てこなかった。
大体、―いや、よく見るテレビドラマが参考書だけども―、友達だった子の調書というのはよく脱線しがちだよね。刑事に聞かれてなくても、彼女は何が好きで、例えば、あるキャラクターが好きで……―私はそういうものに疎くて、すぐに出てこないけれど―あぁ、あれだ、ネズミの奴。もういいや、ネズミ。このネズミグッズがたくさんあったとか、学校にまで持ってきていたとか、そういう些細な脱線はまったくなかった。
だけど、山森さんには誰か好きな人がいたのを知っていた。
—相手は誰なのだろう―。
最後は藤森 真琴さん。
彼女は山森さんを嫌っていた。明確な理由はない。ただ人づてに聞いた印象で判断していた。人に流されやすい子で、だけども自分で判断しているんだ、流行には左右されないんだ。という変なプライドを持っていた。
彼女の山森さんに対しての返事が、即答を控えた印象を受けた。それ以外は即答だったのに、彼女に関しては何か含みがあるというか。もったいぶっているとも違う、何かこう言いたくない感じ。それがますます嫌っているように見えた」
「なるほど。
山森さんというのは、派手で、女子のやっかみを受けやすく、男好きの遊び人だが、バイト増やし、片思いの相手がいて、注意すれば香水を薄めてくれた。気遣いはできそうな感じもする。
お前はどうなんだ? お前は、山森 佳湖に対してどう印象があるんだ?」
啓介の言葉に一華は首をすくめ、
「それが、まったく覚えていないのだよ」
と苦笑した。
「メモには、レポート、テスト、補習とも首尾よく、授業態度もよい。可もなければ不可もない。いたってまじめな生徒。ただ、見た目が派手なのが厄介のもと。というくらいしか書いてない。
何か突出するようなことが起こっていないから、私は彼女を知らないに等しい。見た目で授業をどうとらえるかなどあまり気にしないが、メモに残している以上、かなり目を引く容姿だったのだとは思う。ただ、その見た目とは逆に行動が大人しかったから気にしなかったのだと思う。面白いレポートを書いたり、テストが悪かったりすれば印象に残るだろうが、言ってしまえは、「ふつうは記憶に残らない」悪しきことだが、そうなのだよ」
「まぁ、一人の教師に対して、何十人と生徒を相手しているわけだから、覚えられないのも無理はないが、だが、それでも、一華の記憶に残らないとすれば、この五人の証言がすべてなわけだな」
啓介が一華の書いた紙を手に取る。それは、立川刑事も取り上げている紙の残りだ。さらに残った紙を青山刑事がとり三人はじっとそれを見た。
「五人中四人が自殺しそうにないと。一人はどちらでもいい。か。まぁ、この意見は無視として、北山 玖理子ははっきりと「ない」と言い切ったのか」
「片思い中の相手がいて、努力をしているのに死ぬわけがないと言っていたね」
「その相手に好きな人がいることが解って、振られた場合は可能じゃないのか?」
「それがない。と断言したよ」
「ほぉ。……とはいえ、19歳の女性が自殺をしたいと思うことも、自殺をしなくちゃいけない動機も、想像つかないけどな。
借金や、いじめ。なんてのはなかったとするなら、そんな当たり前の動機ではなく、それ以外に自殺をしたいと思うものがない。衝動的に自殺をしてみたらどうなるか。てな感じで自殺をしたとして……、どこで、どんな風に死んでいたんです? 彼女。てか、そもそも、自殺だと、他殺だと、なんですぐにわからないんです?」
啓介の言葉に青田刑事が立川刑事の方を見た。
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