異世界探偵とロック鳥の卵騒動記

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 正午の事務所には、麗らかな日差しが差し込んでいた。思わず寝たくなる気持ちを堪えて、助手のアマネくんを見る。アマネくんは欠伸を嚙み殺す俺を一睨みすると、書類の整理に戻っていった。  リュウガサキ探偵事務所。それが、この建物の名前だ。俺は現代で探偵業を営んでいた生粋の日本人だが、ターゲットを張り込んでいる最中に軽トラに轢かれ、どういうわけかこの世界に来てしまった。この世界は所謂ファンタジーゲームのような世界で、元々いた世界では幻想生物とされていた生き物があちらこちらにうようよいたり、武器を携えた人が堂々と街を闊歩していたりする。俺は学生時代はゲーマーだったがために、世界観には早々に慣れてしまった。しかし働かざる者食うべからずということで、この世界でも探偵事務所をオープンしたものの、依頼人は中々訪れない。事務所は常に閑古鳥が鳴いていた。  そんな中、事務所の玄関先に倒れていたのが、現在助手をしてくれているアマネくんだ。どうやら怪我をしているようだったので、介抱し、行く先も無いということだったので事務所を手伝ってもらう運びとなった。ショートボブに無表情で感情に乏しい彼女は、聞くところによると暗殺者として育てられたらしい。組織を抜けだしたために、追われていたそうだ。  今日も暇だなあと思いながら、空中ディスプレイでニュースを読んでいると、コン、コン、という音がした。玄関を見る。依頼人が入ってきたような様子はない。もう一度、コン、コン、と聞こえた。どこからだ? と思ってアマネくんを見ると、アマネくんが窓を指さした。窓?  窓を見る。そこには、巨大な鳥の目があった。くりくりと動くそれは、確実に自分を捉えている。命だけは、と言いかけた時、アマネくんがガラッと窓を開けてお茶を差し出した。 「依頼人の方でしょうか?」 「この鳥が!?」  俺は鳥を指さして言った。そもそも依頼人じゃなくて依頼鳥だろう。鳥はムッとした様子で、失礼なボウヤねつつくわよ、と言った。死ぬ死ぬ。  取り敢えず依頼人であることは認めて、俺は話を聞くためにソファに座り、窓の方を向いた。巨大な鳥はアマネくんからお茶を頂いて一息つくと、この事務所に来た理由を語り始めた。 「アタシの可愛い卵が盗まれちゃったのよ。探してくれない?」  異世界で探偵をやるということは、馬鹿でかい卵を探すことであると心得たり。 ***  鳥の名はロック鳥。餌を探して巣を離れていたところ、大事な卵が何者かに盗まれてしまったらしい。恐らく隠蔽魔法をかけながら運ばれてしまったらしく、近くを探し回ったが見つけられなかったということだ。  俺は手始めに、依頼人の巣の近くの町で聞き込み調査を開始した。卵の目撃情報は得られなかったが、その代わり、ここ最近このあたりで頻繁にゴブリンの窃盗団が出没しているのだという情報を得た。あの巨大な鳥から何かを盗もうとするような命知らずだ、同一犯である可能性は低くはないだろう。そう思い、アマネくんにゴブリン窃盗団の追跡を依頼した。  アマネくんは自己強化魔法をかけ猛スピードで出発すると、ものの数分でゴブリン窃盗団の根城を見つけてきた。これ、俺、いらないのでは? と思った。 ***  ゴブリン窃盗団の根城は森の中にあった。俺達は早速そこに張り込むことにして、ゴブリン達が帰ってくるのを待つ。数十分後、遠くからゴブリン達の騒がしい声が聞こえてきた。帰ってきた、と思い、一層息を潜めて様子を伺う。  帰ってきたゴブリン達は、大きな荷車を引いていた。その上には何も乗っていないように見える。しかし、荷車を引くゴブリン達は、まるで重い荷物を運んでいるかのように、数人がかりでえっちらおっちらやっていた。見えないが、あの荷車の上に依頼人の卵が乗っている可能性はある。  だとすれば、恐らく隠蔽魔法がかかっているのだろう。しかし、ゴブリンに、そんな上等な魔法が使えただろうか? 「ご苦労だったな」  はっきりと人間の声が聞こえ、声の主を見る。ゴブリン窃盗団の根城から姿を現したのは、魔法士だった。しかし、どこかで見覚えがあるような気がする……。俺は職業柄か、一度見た人間の顔は大抵覚えている。であれば、確実に見たことのある人物だ。 「どこだ、どこで見た……。思い出せ……」  ぶつぶつ言いながら必死に記憶を辿る俺を、アマネくんは不審者を見るような目で見た。俺は若干傷付きながら、努めて気にしないようにして、考え事に集中する。記憶の底から朧げに、魔法士の顔が浮かんできた。  今朝の空中ディスプレイで見たニュース。王国の戴冠式で、国王の側にいた大勢のうちの一人……。 「……ルトアート宰相だ」 「あの方が?」  俺の呟きに、アマネくんがそう返した。宰相が、ゴブリンを従えて盗みをしているなんて、俄かに信じがたい。この件は、もしかすると、あまり深入りしない方が良いのかもしれない……。  そう思っていると、急に足が地面から離れた。アマネくんが咄嗟に身を隠す。俺はルトアート宰相の魔法によって持ち上げられ、ゴブリンと宰相の前に引きずり出された。 「さて、コソコソと品のない真似をして、一体何の用かな?」 「盗みの方が品が無いだろうが……」  魔法で持ち上げられて首を絞められながらも抵抗する。ゴブリン達が、俺に武器を向けていた。ちらりとアマネくんが隠れた木の近くに視線を走らせると、そこにアマネくんの姿は無かった。逃げたのだろうか。もしそうであれば、俺は少しばかりお喋りで時間を稼いで、アマネくんに宰相の関心が行くのを防ぐ必要がある。 「どうして……盗みなんて……」 「何故? ふふ、それはこっちが聞きたいくらいだ。君は何故、盗みをやらないんだね? こんなにスリリングでエキサイティングな行為を!」  宰相が高笑いをしながら言い放った。盗癖、だろうか。いずれにせよ、この手のやつに対して俺ごときが何を言っても無駄だろう。ぎりぎりと締まっていく首を少しでも楽にしようと藻掻くが、余計に締められていくばかりだ。 「とはいえ、僕にも立場というものがある。だから、ゴブリン君達に協力してもらっているのだよ。ほら、今日はこんなに大きな卵を盗んだ」  宰相が荷台を指すと、ゴブリン達が何かをばさりと取る。荷台には、巨大な卵が乗っていた。やはり、予想は当たっていたわけだ。 「く……っ返せ……」 「君は何を言っている? これは僕が盗んだ、僕のモノだ。そもそも君は持ち主でも何でも――」  宰相が言葉を切り、背後へを視線を向けた。頭上からキン! と金属を弾くような音がして、俺への拘束が弱まる。地面に落とされた俺は、喉に手を当てて呼吸を整えた。  金属音の正体は、アマネくんだった。どうやら防御魔法で弾かれたようで、ナイフを構えながら宰相を睨み付けている。背後からの奇襲に失敗したようだ。 「アマネくん、逃げ――がはっ!!」  そう叫ぼうとした瞬間、宰相は再び俺を魔法で拘束し、アマネくんに手下のゴブリン達を嗾けた。多勢に無勢、アマネくんは応戦するも押されている。俺にしても、魔法で拘束されてしまっている以上、何もできない。  その時、ビュウと風が吹いて、ゴブリン達は吹き飛ばされていった。人間の俺、宰相、アマネくんは何とか耐え、風が吹いてきた方角を見る。大きな影が落ち、特大の羽音がばっさばっさと聞こえてきた。 「探偵さん!」  依頼人だった。  地面へと降り立った依頼人は、宰相を睨み付け、卵へと駆け寄る。 「探偵さん、アタシの卵、見つけてくれたのね」  宰相はロック鳥を見て逃げようとしたが、アマネくんが背後から忍び寄ってナイフを首へ当てたため、逃亡は叶わなかった。卵を見ていた依頼人の顔が、宰相の方を向く。その瞳は、怒りに燃えていた。これは相当とさかに来ているに違いない。  依頼人は高らかに一鳴きして宰相をむんずと掴むと、空高く駆け上がり猛スピードで宰相を掴んだ足を海へと突っ込んだ。上がったかと思いきやまた下がり、海に何度もばっちゃ、ばっちゃと沈めては引き上げ、また沈める。拷問のような光景に、俺は言葉を失ってしまった。 「……あれって、死…………」 「魔法士なので死にはしないでしょう。彼は彼女の卵を盗んだことを、深く反省するかと思います」  ここまでされたらさすがに反省するだろう。自業自得とはいえあまりに重い刑罰に、ロック鳥を怒らせてはならないと、俺は深く胸に刻んだ。 ***  宰相を水責めするのにも飽きてどこかへ放り投げると、依頼人は森の俺達のいるところへと帰ってきた。羽音が轟き、風圧が俺達を襲う。 「良かったですね、お子さんが無事で。生まれるのが楽しみでしょう」  大きな卵を撫でながら、言う。種族は違えど、子を思う親の気持ちは同じだ。依頼人がどれだけ卵のことを心配したかと思うと、心から、見つけられて良かったと思う。卵は、触れると温かいような気がして、俺はこれから生まれてくる可愛らしいロック鳥の雛に想いを馳せた。 「え? これ、無精卵よ」 「はい?」 「あら、言ってなかったかしら?」  だから子どもは生まれないわよ。依頼人が言う。ではなぜこんなにも必死になって探させたんだ。いや、無精卵に価値がないと言いたい訳では決してないが……。 「だって、自分のものが盗まれたら、腹が立つでしょうよ」  それは、そうだ。 ***  と、いうことで、後日俺の事務所には、お礼と称して事務所の屋根より大きな目玉焼きが送られてきたのだった。 「数日、食料に困りませんね」 「ポジティブだね、アマネくん」
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