不如帰の卵を育む

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自動運転を信頼しきり、前方不注意だった運転手よりも早くに来た黒服の男はそう言った。 幼い息子の動かぬ表情に、ほんの少し眉をひそめはしたが、顔に張り付いていたのは取り繕った悲しみの表情だ。 この家に住んでいるのは、私一人になった。 視界の端を、ひらりと一枚の薄紅が過ぎ去り、風に乗り自由に振る舞うそれを祖父に似た男が器用に捕まえる。 「偽花だったかな」 指先に摘まむ花弁(はなびら)を弄びながら告げられた。誰に聞かせるともない素振りをしながら。 「あれほど沢山に花開く桜の花の多くは偽物だそうだね。本物の果実を付ける花を守る為だとも言われるが、もともと品種改良で作られたソメイヨシノだ。ただ美しく在る様を愛されれば良いのだろう」 振り返り、高く掲げた掌から桜の花弁をそよぐ風の中に落とし込み、その行く末を静かに見つめる。 花弁は冷たい風に舞い上げられ、私の庭に留まる事なく吹かれて行く。 自由に見えて、その実、風任せでしかない姿で。 「その苺も」
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