10人が本棚に入れています
本棚に追加
/14ページ
自動運転を信頼しきり、前方不注意だった運転手よりも早くに来た黒服の男はそう言った。
幼い息子の動かぬ表情に、ほんの少し眉をひそめはしたが、顔に張り付いていたのは取り繕った悲しみの表情だ。
この家に住んでいるのは、私一人になった。
視界の端を、ひらりと一枚の薄紅が過ぎ去り、風に乗り自由に振る舞うそれを祖父に似た男が器用に捕まえる。
「偽花だったかな」
指先に摘まむ花弁を弄びながら告げられた。誰に聞かせるともない素振りをしながら。
「あれほど沢山に花開く桜の花の多くは偽物だそうだね。本物の果実を付ける花を守る為だとも言われるが、もともと品種改良で作られたソメイヨシノだ。ただ美しく在る様を愛されれば良いのだろう」
振り返り、高く掲げた掌から桜の花弁をそよぐ風の中に落とし込み、その行く末を静かに見つめる。
花弁は冷たい風に舞い上げられ、私の庭に留まる事なく吹かれて行く。
自由に見えて、その実、風任せでしかない姿で。
「その苺も」
最初のコメントを投稿しよう!