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「つきあってください」
一瞬にして目の前に桜吹雪が舞ったかのような錯覚に陥る。
まるで少女漫画の主人公だ。
その一言がどんなに嬉しかったのか――付き合うこととなった同級生であり、彼氏となった藤間君にはわからないのだろう。
まさか、罰ゲームで私に告白したなんてその時は知らなかったんだ。
もちろん人気者でカッコいい藤間君の言葉を素直に受け入れた。
「もちろん。よろこんで」
これが、地獄の始まりだなんて思うはずはない。
高校に入学して学校にあまり馴染めていない私に彼氏ができた。
こんな私のことを思ってくれる彼氏がいる。過去形だけど、その時は幸せだった。
その日から、パシリ生活が始まった。
「俺の彼女なんだから、彼氏の友達にジュースくらいおごるのが当然だよな」
藤間君は私の肩に手をかけて体重をかける。
少しばかりたれ目な藤間くんはとてもきれいな顔をしていた。
こんなに男子に近づかれたことはない。
胸がこんなにドキドキするなんて――。
恥ずかしい――。
音が少しでも聞こえないように心臓の音よ、止まれと願う。本当に止まったら困るのだけど。
私はいつの間にかジュース係になってしまったらしい。
彼女なんだから、当然なのかな。
恋愛のことはあまりよくわからない。
でも、人気のある彼氏を手にしたという喜びを手放したくなかった。
だって、この高校内に居場所はない。
ようやくできた居場所を手放したくない。
藤間君には女友達が多い。もしかして、付き合っているのかもしれないと噂のあった花音。
彼女の藤間君を見る目は他の男子とは違うことは明白だ。
藤間君も一見平等にみんなに接しているみたいだけど、実は花音には特別な視線を送っていると感じる。
でも、告白されたのは私だ。
パシリなんかじゃない。
現に藤間君はみんなに私のことを彼女だと紹介する。
授業のノートを見せてとせがまれるのは彼女だからだと思う。
金魚の糞のように藤間君の取り巻きがやってくる。
「勉強得意なら教えてよ」
「得意というわけじゃないけど、授業は聞いてるし、ノートはちゃんととってるよ」
「うちらの高校にいるってことは勉強得意なわけないじゃん」
花音が冷たい一言を放つ。
噂によると花音は第二希望の高校も含めて受験に失敗してうちの高校に入ったらしい。
どこかうちの高校を馬鹿にしたような発言が多いし、上から目線な印象だ。
それ相応の外見と学力があるから文句を言うものはいないが、高校に入ってから勉強は捨てたらしく、学年順位は決していいわけではないようだ。正直、藤間君のグループは不真面目な人間の巣窟だ。男女ともにいつも適当で目の前の楽しいことを探して遊び歩いている印象だ。クラスのグループに所属していない私には彼氏ができることとグループに所属できることは棚ぼたな話だ。多少のことは仕方がない。私には選択肢はない。彼が私を選んでくれたならば受け入れるしかない。
悪口をいわれようとも、金づるにされようとも、私は笑うように心がけていた。
絶対に泣かない。
「お前、へらへらと笑うことしかできないのか?」
教室の後ろの席から声がする。
一匹狼な雰囲気の御城君。いつも一人でいる印象が強い。
少し鋭い瞳だけれど、友達ができないというよりは作らないというほうが当てはまる。
スタイルは良く、やせ形で影がある印象だ。
「馬鹿にされてるのに、いつもへらへらしてるんだな。気持ち悪い」
こんなにも私の努力をコケにするなんて。御城君は極上級の辛辣なことを言ってくる。
「私は争いごとは好きじゃないから、笑うようにしてるんだけどね」
得意の作り笑顔を作る。
「おまえがされてるのって、結果的にいじめじゃん。先生にチクってやろうか」
藤間君の取り巻きに貸したノートに目をやる。
元々あいつらは、勉強したいわけじゃなかったんだ。戻ってきた時には、ノートにはひどい落書きをされていた。
破られたページもある。丁寧に書いたのに。授業を聞いていたのに。ノートを提出できないじゃん。
だって、これを提出したら、いじめられていることがばれてしまう。
でも、提出しなければ、評価は低くなる。
究極の二択。それならば、出さない選択をする。
「おまえってお人好しかよ。怒る時は怒って自己主張しろよ」
「いじめじゃなくていじりだってみんな言ってるし。いじめじゃないよ」
「いじりといじめの違いってなんだよ」
強い語調の正論に何も言えなくなる。私はいじめの事実をいじりとして処理しようとしている。
それは私にとっても相手にとっても好都合な処理方法だった。
大ごとにしたら、親は驚いて学校に何を言うかわからない。
先生は生徒指導をしたとしても、その後、あいつらに何をされるかわからない。
その後の仕返しのことなんて生徒指導には含まれていない。
最後の最後に辛い思いをするのは私なのに、大人は指導だけしてその場からいなくなる。
「まぁ、俺には関係ないし、別にいいけど」
群れるのが嫌いな御城君は表情を変えずに帰宅の準備を始めた。
「なぁ、今日はファミレスいこーぜ。もちろん、理沙のおごりだ」
今日も彼氏にたかられる。うちは比較的裕福でお小遣いもたくさんもらっているから、払えない額じゃない。
お金でつながっていようと、私は彼女でグループの一員だ。藤間君は払える程度の額を払わせるのがうまい。
極端に高いものをせがんだりもしない。バレたら面倒だからだろう。
「罰ゲームで付き合った感想はどうなの?」
花音は藤間君に聞いた。
「あいつ、いいやつだぞ。金持ってるしな。手をつなぐとかは無理だけど」
「手をつなぐのが無理なのに、付き合ってるんだ?」
蔑んだ笑いを浮かべる。きっと本当は自分が藤間君と付き合いたいのだろう。
「付き合ってるよ。手をつなげない人と付き合ってはいけない法律はないだろ」
「それはそうだ。おごってもらうのがだめな法律もないもんね」
「いじりがいのあるやつだからな」
藤間君の取り巻きは散々なことを言う。
輪の中心にはいつも藤間君がいる。彼はリーダー的素質が強い。頼られているし、話も面白い。
私は輪の隅っこに入れてもらっている状態だ。
罰ゲームで付き合ったとしても、居場所はここにしかない。
「恋愛なんてする理由あるのか?」
翌日、御城君に聞かれる。
そんなに深く考えていなかった。
恋愛する必要なんて、たしかにないのかもしれない。でも、恋愛に憧れていた。
彼氏がいて、友達のいる生活。
きっとそれは充実していると思い信じていた。
「御城君は恋愛してみたくないの?」
「俺はパシリにされて、財布にされてまで、恋愛をしてみたいと思わない」
「たしかに、その通りかもしれない。でも、学校という場所でひとりって辛いと思わない?」
「俺は、ひとりでも平気だよ。いじめられるのと、孤独、どっちがいいかと聞かれたら、孤独を取るけど」
彼の冷静な語り口調はとても正しいと感じる。まるで教科書ガイドの解説文だ。
「なんで、孤独でもいいって思えるの?」
「それ相応のひどい経験をしたことがあるから」
「いじめられたとか?」
御城君は見た感じは少し悪そうで、いじめられるような雰囲気はゼロだ。
「もっともっと後味が悪い出来事だよ。おまえに話す義理はないけど」
御城君と同じ中学だった人に聞けばわかるかもしれない。
でも、仲のいい友達すらいないのに、御城君と同じ中学の人を探して聞くのは難題だ。
「御城なんかとしゃべってるの? あいつは学年トップの成績だったのに、あんなことがあって、結局この高校に入ったんだよねー。理沙は御城にいじめられるんじゃない?」
花音が蔑んだ声を出す。あんなこと、というワードがひっかかる。
「御城君のことを何か知ってるの?」
「同じ中学だったから、よーく知ってるよ。いわゆる成績のいい不良だったんだよね。まぁ、女子一人を不登校&自殺未遂に追い込んだっていうのが決定的になって、学校での評価は下がる一方。進学校へは難しい状態だったよね。だから、こんな馬鹿高校に入ったってことでしょ」
花音は包み隠さず話す。
「自分の母校になる高校を馬鹿高校なんて言ったらだめだよ」
「誰に向かって説教してるの? 不登校に追い込まれた子は御城のことを好きだったらしいけど、嫌がらせが度を過ぎたんだって。あんたも、自殺未遂に追い込まれるかもしれないから、気をつけな」
そんなことがあったなんて知らなかった。
そんなに悪い人なのだろうか?
今日は財布にならないように、こっそり放課後抜け出して、御城君の後をつけてみる。
御城君は神社に入っていく。
手を合わせる。
真剣に、目をつむって。
少しばかり強い風が吹き、御城君の前髪を風が撫でる。
不真面目そうに見えたのに、祈る姿の御城君はそんなに悪い人には思えない。
「ごめんな、まどか」
つぶやく声がかすかに聞こえる。
バレないようにこっそり遠くから見つめてあとをつける。
今にも泣き出しそうな御城君。なぜ、あんなにも孤独を好むのだろう。
御城君はその後、バイトをしているらしくバイト先へと向かった。
カフェの制服が案外良く似合っていて歳よりも大人びて見えた。
御城君のことがもっと知りたい!!
早速翌日から御城君に話しかけてみる。
「御城君、バイトしてるよね。バイト代で何か買いたい物はあるの?」
「バイトしてることは内緒だぞ」
少し焦る御城君。一応バイトが禁止の校則はある。でも、あってないようなもので、結構バイト率は高い。
進学半分程度の高校なので、みんな躍起になって勉強している風潮はない。
「俺の場合、償いのための金が必要なんだよ」
「御城って、本当はまどかのことが好きだったっていうのはほんとなの?」
花音が上から目線で質問する。最近、よくやってくるのは花音だ。
「別に答える必要もない」
否定をしない。
「どうせ、まどかに慰謝料を請求されて、バイトしてるんでしょ」
腕組みする花音。
「昔の御城って、藤間にそっくりだったよね。いつも群れて、彼女も何人もいたし、リーダー的な存在で、いじめることを楽しんでいたでしょ」
「今はそーいうことはしたくないんだよ」
「つまんないなぁ。中学の頃なら、一緒になっていじめるノリがあったのにね。過激なメンバーが減ることで、刺激が減っちゃったなぁ」
ため息をつき、髪をなびかせて藤間の元に行く。花音は御城君のことを好きだった時期があったのかもしれない。
男の好みはそうそう変わるものではない。花音は、いじめの中心にいるような悪い男が好きなのだろう。
やっぱり私はいじめられているんだ。改めて再確認する。先程の花音からのいじめるノリという言葉がひっかかる。
「私、御城君のことがもっと知りたい」
「何言ってるんだよ」
困った顔をする御城君。
「過去に何があったとしても、今、あなたは真剣に向き合って変わったんでしょ。恋愛が必要ないって思えるようになった経緯も知りたいし」
「恋愛したとしても幸せになれないと思ったんだよ。好きな人ひとり守れない人間だからさ」
「まどかさんのこと、好きだったの?」
少し沈黙したあと、ゆっくり語りだした。
「……俺は、周囲のノリに合わせすぎて、自分の気持ちとは違う方向に行動していたんだ。恋愛ってしなければいけないわけじゃない。気づいたらしてるもんなんだよ」
「恋愛って自然としているものってことかぁ。無理に彼氏を作ってぬか喜びしている私は恋愛してないのかもしれないね」
「だから、俺は、人を好きにならないって決めたんだよ。だから、おまえにも恋愛する必要があるのか聞いただけだ。取り返しのつかない出来事になったら困るからな」
「でもさ、気づいたら好きになっていることだってあるんだから、絶対好きにならないということはありえないよ」
渋い顔をする御城君。
それ以来、私の御城君へのつきまといに近い行動は頻繁になる。
学校でもバイト先にも神社にもついていく。
いつの間にか、藤間君の誘いを断るようになっていった。
「俺と別れるとか思ってないよな」
ある日学校で、怖い顔をした藤間君に脅された。
財布に逃げられてご立腹らしい。
「別れようと思ってるよ」
「理沙のくせに生意気なんだよ。俺を振ろうなんて、おこがましいと思わないか。俺と別れたら、この教室に居場所をなくしてやるよ。陰キャの女子グループにも入れてもらえないように根回ししてるから覚悟しろよ」
藤間君の目が怖い。恋してる目じゃない。いじめの対象がいなくなることが嫌なんだろう。
「木村理沙は俺の友達だから、孤独になることはない」
後ろから聞きなれた落ち着いた声が聞こえる。御城君の声だ。
いつも誰とも交わらない御城君が庇ってくれるなんて想像もしていなかった。
「御城、お前、中学の時、クラスの番長的存在だったらしいな。女子を不登校、自殺未遂に追い込んだんだろ」
「これ以上周囲に犠牲者を出したくないから、俺は木村理沙と友達になる」
「同情のつもりか?」
「気づいたら友達になってたんだよ。悪いか?」
御城君の睨みは凄い。中学時代はきっと毎日こんな目をして、まどかさんを睨んでいたのかもしれない。
もし、御城君が変わっていなかったら、藤間君と二人が仲良くなっていたら、このクラスは地獄を見たかもしれない。
放課後、ゆっくりした口調で御城君は話し始めた。
「まどかは、俺のことが好きだと告白してくれたんだ。それを見ていた俺の群れていた仲間が冷やかして、そこからいじめがはじまった。俺はまどかのことは嫌いじゃなかった。でも、そこで俺だけが違う行動をしたら引かれることを懸念してしまった。場の雰囲気を読みすぎたのかもしれない。だから、彼女をいじめることに加担してしまった。小学生の男子にある好きな子をいじめる心理に近かったかもしれない。今思えば、他の男子たちはやっかみだったのかもしれない。まどかは結構人気があったから。いつのまにか歯止めがきかなくなって、俺の仲間はさらに物理的に精神的に追い込んでいったんだ。後戻りができなくなっていた」
「それで、彼女は不登校になったの?」
「その他にも色々理由はあったらしい。告白する前に成績が落ちて親から冷たくされていた時期だったとも聞いた。教育熱心で勉強ができない子供は存在意義がないと言われたと言っていた。だから、無理に恋愛しようと思ったのかもしれないな」
「じゃあ、親が悪いんじゃないの?」
「お金は俺の気持ちで少しずつだけど彼女の家に送金している。バイトしているのはそれが理由だ。手紙も書いている」
「まどかさんのことが好きだったんだね」
「今となったらわからない。でも、恋愛なんてなかったら、こんな事件は起きなかった。だから、恋愛なんて必要ないって思ったんだよ。お前も藤間に彼氏面されてひどい目にあってただろ。恋愛なんかなくなればいいのに!!」
投げやりで強い口調だ。でも、反論してみる。彼がその思考のまま止まってしまったらきっともったいない時間を過ごすだろうと思ったから。
「恋愛はあったほうが絶対いいよ。心がときめくといやなことだって忘れられる。御城君は結構私のことを好きになったんじゃない?」
「どうかな。まどかは、今は通信制の高校に行っている。でも、家庭でも居場所がないらしい。彼女への償いの方法はわからないけれど、俺は、自分なりに彼女に寄り添いたいんだ。この前、初めて俺のスマホにメッセージがまどかから届いた。連絡がとれたんだ」
「きっとまどかさんのことは一生消えないのかもしれないね。恋愛はしなければいけないわけじゃないけど、恋愛したいと言わせてみせたいな」
「いまわの際に言ってやろうか」
冗談じみた顔をする御城君。
でも、いまわの際って――死ぬ前ってこと?
ずっと一緒にいようってこと?
そんな言葉を言われたら、期待しちゃうよ。
今は隣にいるのが心地いい。
「御城君がこの高校に入ってくれてよかった。そのおかげで出会えたんだもん」
「俺も、今はこの高校でよかったと思ってるよ。大学はどこの高校からでも受験はできるしな」
「御城君って進学希望? 地頭いいもんね」
「一応、大学には行くつもり。まぁ、この高校から大学に行く人はそんなにいないけどな」
「私も一応進学希望だよ。今は私と出会えたからよかったと思ってるんだよね?」
ただほほ笑む。そんな放課後は結構好きな時間だ。
御城君はきっとまどかさんのことが今も好きなのだろう。
でも、私は気づいたら御城君のことが好きになっていた。
恋愛はしようと思ってするものではなく、気づいたらしているものなんだよね。
事実、御城君のおかげで私は高校で居場所ができた。
ずっとこの関係が続くかどうかはわからないけど――いつか恋愛は必要だって言わせてみせたいな。気づくと、彼の背中を追いかけている私がいた。
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