今、うまれる

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華村蝶子。その字面には覚えがあった。 桐嶋と付き合っていた当時、彼の携帯の着信履歴に、不自然な頻度で並んでいた名前だ。つまり、あたしと並行して付き合っていた女のひとりだったのだ。 ぐらぐらと視界が揺れて、様々な前提が崩れ落ちていくのを感じる。 もはや交際当初から、あたしが本命の彼女だったのかもかなり怪しい。都合良く(もや)をかけ、美化されてきた記憶の解像度がぐんと上がり、点と点が繋がって、数々の違和感の正体を唐突に理解する。 ライブのエントリー料を口実に金を借りるのが、おそらく彼の常套手段だったのだ。香水は、付き合った女全員に同じものをプレゼントしていたに違いない。残り香で浮気を怪しまれないように。 勉強はからきしできないくせに、妙なところに頭がまわるのが桐嶋という男だった。そのずる賢さを武器に、厳しい世界でのし上がって行ったのだろう。 あたしは深くため息を吐く。やはり桐嶋と育んだのは、捨てるに捨てきれない、ごみのような恋だった。
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