今、うまれる

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タイゾーは自分と出会ったあのライブを最後に、芸人を辞めようとしていた。 自分の作る漫才は、タイゾーのボケなしには成り立たない。あのライブに出演した自分が、彼を引き留めていなかったら、あの一万円が無かったら、今の自分は存在し得なかった。 でも実は、そんなターニングポイントを支えた一万円を、まだ返すことができていない。 ある日一万円を返そうとした自分に、彼女は言った。「そのお金は特別なものだから、私の漫画家になるという夢が叶った時に、お祝いとして返して欲しい」と。 色々あって彼女とは別れてしまったけれど、いつかその日が来たら何倍もの利子をつけて必ず返しに行くと心に決めているのだと、章はしんみり締め括られていた。 彼があの一万円をあたしに返そうとしてきた記憶はないし、「私の夢が叶った時に……」などと生ぬるいことを言った覚えもまったくないが、それも彼のエピソードに面白おかしくアレンジを加え、美しくまとめた結果なのだろう。
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