今、うまれる

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堰を切ったように、どくどくと込み上げてくる衝動に突き動かされるまま、ノートパソコンをがばりと開く。文書作成ソフトを立ち上げると、画面に齧り付くようにして猛然とキーボードを叩き始めた。 食事を摂ることすら忘れて、あたしは夢中で小説を書いていた。 限界に近づいた尿意にやむを得ず手を止めた時には、とっくに日付が変わっていた。 小さな座卓に向き合い、長時間不規則に折り畳まれたままだった脚はひどく痺れ、首から腰にかけての筋肉は凝り固まり、両目は血走り霞んでいた。 けれど全身を覆うのは、久しく遠のいていた甘やかな充実感なのだった。 平日は終業と共に真っ直ぐ帰路に着き、休日は平日よりも早く目覚め、朝も夜も関係なく、来る日も来る日も暇さえあればパソコンを開き、あたしはテキストを打ち込み続けた。 体の内から湧き上がる物語を、一文字たりとも逃すまいと必死になって繋ぎ止めた。少しの時間さえ惜しかった。ぼんやりとネットサーフィンなどしている場合ではなかった。 急に付き合いが悪くなったあたしに対し、同僚や友人が差し向けてくる眼差しには、心配と同情、嘲りがそれぞれ同じ割合で含まれていた。
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