明くる朝

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明くる朝

(たまき)、おはよ!」  小学生の頃、玄関を出ると真っ先に見えたのは笑顔で手を振るメイの姿だった。幼馴染のメイとは登校班が同じ関係で毎朝並んで学校まで歩くことが俺の日常だった。班には他にも数人いるけど、ふと気づくと俺たちはいつも隣同士に並んでいた。  当時のことを思い返すと、いつも冬の情景が浮かぶ。雪が降った日は登下校の道さえ俺らにとっては立派な遊び場で、放課後は親に叱られるまでなんてことない寂れた公園の中を無我夢中で走り回った。マフラーから飛び出た長い黒髪が白い光に反射してキラキラと輝くその色が、なんとなく目に焼き付いていた。  だけど中学に上がった頃、クラスメイトからメイとの関係を揶揄われるようになった。「クラス違うのにいつも一緒にいるよな」って一言がトリガーになって、「好きなの?」「てか付き合ってんの?」とか勝手な憶測が集中的に飛んできた。俺にはその空気がどうしようもなく居心地が悪くて、自然とメイと距離を置くようになった。教科書を忘れた時はいつもメイに借りていたのに別の人から借りるようになって、下校時間が被りそうになるとわざと時間を潰してから下駄箱に行った。  目に見えない線引きを踏み超えることがどうしても億劫ですれ違う日々がただ積み重なる。メイはそんな俺の態度に最初は違和感を感じていたというか、戸惑う様子を見せていたけれど、次第にメイの方も境界線を踏み越えて来ようとはしなくなった。  その結果を招いたのは間違いなく俺自身だ。最初に遠ざけたのは俺なんだから、そうなっても仕方がないと自分に言い聞かせた。  卒業も近づいてきた3月、廊下にあるロッカーを整理していると隣のクラスからざわめきが聞こえた。教師の声色から嬉しい感情がにじみ出ていて、なんとなく興味をそそられて聞き耳をたてる。すると、メイの名前が聞こえた。「朔間メイさんが、見事桜南高校に合格しました!」という教師の嬉々とした発言の後、一気に拍手が鳴り響く。  桜南高校は県内随一の進学校だ。まさかそんな偏差値の高い高校に行くやつがこの中学から出るとは、それも幼馴染が合格するとは予想だにしていなかった。自分と同じくロッカーの整理のため廊下へ出ていたクラスメイトの数人は隣の教室の窓を見て口々に「桜南だって」 「マジで受かる人いるんだね」なんて感想をぼやきながら教室の中へ戻っていく。もう一度隣の教室の窓に視線を送ると、教壇の前に立ち照れたように笑うメイの姿が見えた。  その立ち姿が、やけに大人びて見える。「家から近いから」「そこまで努力しなくても入れそうだから」という単純な理由でろくに悩みもせずさっさと合格を手に入れた自分と違って、俺がゲームしたり漫画を読んでいる間もメイはずっと努力していたんだろう。その時間の密度が自分とメイとの間をはっきりと線引きしているような気がして、教室に戻る足取りが少し重くなった。  それから数日が経ち、あっという間に卒業式の日になった。環は式が終わって教室へ戻る途中で、「結構泣いている人多いな」と周囲に視線を巡らせた。自分の進学先はここから近いし、そんなに顔ぶれも変わらないだろうからそこまで実感が湧かないが、メイのように遠くの高校へ進学する人からすれば、この卒業式が一生の別れみたいに感じたりするんだろうか。  ちらりと横目でメイに視線を送ると、メイの目元は少しだけ潤んでいた。メイを取り巻いている女子たちはみんな顔を真っ赤にして泣いている。  その光景をぼんやりと眺めていると、メイと目があった。驚きのあまり目をそらせないまま固まっていると、メイはすっと俺から視線を外した。  その瞬間、心臓のあたりがぎゅっと痛む。メイはごく自然な様子で俺の横を通り過ぎると、周りの女子たちと楽しげに話しながら教室へと歩いて行った。  呆然と前を見たまま足を止めた俺を、隣を歩いていた海斗が怪訝そうに振り返る。 「どーした?」 「……いや、べつに」 「そうか? じゃーいいけど」  海斗は俺と同じ高校へ進む。だからこの式が終わったところですぐに会う予定はあるし、海斗自身も普段と変わらない様子だった。「この後の集まりどうする?」と平坦な声で告げられた言葉に「やめとく」と一言返すと、海斗は「そっか」と短く呟いた。
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