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僕 1
僕が中学3年の時に母が再婚して義父と義兄が出来た。
母と義父が付き合っているのは知っていたし会ったこともあったし、反対する理由もない。
受験生になる大切な時期に、と言う人もいたけれど再婚の話自体はもっと早くから聞いていたから僕のメンタルを脅かすような事はない。
僕の父とは随分前に別れているから義父と結婚して母が幸せになるのなら大歓迎だし、何なら僕は父のところに行ってもいいと思ってた。
父と母は所謂〈性格の不一致〉というか〈性生活の不一致〉と言うか。
結婚しても自由奔放な父と、結婚したら自由奔放にして欲しくない母との折り合いが付かず僕が産まれてしばらくしてお別れしている。
簡単に言えば父の浮気だ。
母自身、父の性格を知っていて結婚したため許せると思っていたのに僕が産まれたら僕を置いて他所に行く父のことが許せなくなってしまったらしい。
母の考えが甘かったのも悪いけど、それが通ると思った父も父だ。
僕がある程度成長したら好きにしてもいいと言ったのに、こんなに成長が目まぐるしくて可愛い子どもの情報を共有できない人なんて要らないと。
「何歳くらいまで一緒に共有したかったの?」
と聞けば「幼稚園に入るまでかな?」と答えた母曰く、幼稚園に入ると24時間一緒にいられないからその間の様子を先生に聞ける=自分以外の目線の僕を知ることができるけど、それ以前は24時間僕のそばにいるのだからそれを毎日共有できる相手が父であって欲しかったと。
父がいない間の僕を報告し、父の目線からの僕の話を聞きたかったと。
だからそれまでは一緒にいて欲しかったけれど、それが出来ないのなら要らなかったそうだ。
そんな我儘(?)な母は実家に戻り、望み通り祖父と祖母と僕の情報を共有し、祖父と祖母の目線での僕の話を楽しみ、そして僕が幼稚園に入園すると同時に職場復帰した。
父はと言えば時折僕の様子を見に母の実家に足を運び、僕の様子を見ては帰っていくのだけれど父なりに僕のことは可愛いみたいだし母とも仲が悪いわけではない。
ただ〈夫婦〉とか〈父母〉という関係ではなく〈僕の父〉と〈僕の母〉なんだそうだ。
僕にはよくわからない。
祖父はまだ現役で働いているし、母が職場復帰してからは祖母が僕の送迎をしてくれたから淋しくもなかった。
職場復帰した母は忙しそうだけど楽しそうで、幼稚園での様子や僕の様子を祖母伝に聞き、僕が寝るまでの間は2人で過ごす。
もちろん祖父母もいるのだけど寝る時は2人なので僕が布団に入れば当然の2人だけになる。
その時間は僕の毎日のお楽しみの時間で幼稚園であったこと、祖母と過ごした母のいない時間の話をしながら寝てしまうのが日課だった。
父は相変わらず忘れた頃にやってきてはそれなりに僕を可愛がってくれた。金銭的なこともちゃんとしてくれているようで、そのお金は母が管理している。
祖父は現役だし、母も職場復帰したから生活には困ってないけれど〈僕の当然の権利〉だからこれで良いらしい。
そんな環境で育ってきた僕は大人から〈可愛がられる〉事に慣れ〈可愛がられる〉のが当然だと思っていた節があるようで、母が再婚する時に義兄ができると知って尻込みしてしまったのだ。
大人に囲まれた環境で育ってきた僕は〈家庭〉の中に年齢の近い〈人間〉がいる事が想像できなくてどうしたら良いかわからず〈父〉に相談するしかなくて…。
母以降、特定のパートナーを作る事をしていない父は僕の話を聞くと直ぐに「一緒に住むか?」と聞いてくれた。
祖父母の家に住み続けるのは反対しているように思われる可能性があるけれど、父と住むとなると見方が変わるらしい。
「今まで母さんに任せきりだったから今度は俺が一緒に住みたいって言ってやろうか?」
そうすれば〈角が立たない〉そうだ。
父に相談していざとなったら逃げ場がある事に気づいた僕は少しばかり気が楽になって、母から〈皆んなで〉食事をしたいと言われOKしたのだけれどそこで出会ってしまったのは運命だったのかもしれない。
その日、母に連れられて行った先はアットホームな洋食屋で、案内された個室ではないけれど個室風の席には既に義父と義兄が待っていた。
テーブルに着いて待っていても良いのにと思ったけれど、2人は座らずに立ったまま話をして待ってくれていたらしい。義父が背が高いせいか、義兄も背が高い。
義父には会ったことがあったけれど義兄に会うのは初めてで少し緊張した僕と目を合わせた義兄は余裕のある表情で言ったのだ。
「はじめまして、弟君。
僕は君の兄になる真秋(まさあき)です。
名前、教えてくれる?」
余裕のある表情を優しい笑みに変えて話す兄は〈頼れるお兄ちゃん〉といった感じで僕は父の元に行くのはやめようとすぐに考えを改めた。
「はじめまして、渉(わたる)です」
少しドキドキしながら義兄に名前を告げる。義兄、真秋は小さく渉と確認するように呟くと再び口を開く。
「渉君、来年から高校生だったよね?」
僕の情報を多少は知っているようだ。
「そうです。真秋さんは?」
「僕は今、2年。そうなると一緒に過ごせるのは1年ちょっとかな」
どこの高校かは知らないけれど、その先にある進路に家から通うという選択肢はないようだ。
目指す大学があるのか、それとも就職して家を出るつもりなのか、どちらにしても一緒に過ごす時間は思ったよりも少なくなりそうな義兄の様子を少し観察してみるけれど、見た目は難点がないのが難点だと言いたくなる。
理想の〈お兄ちゃん像〉があるとしたらこんな感じなのだろうか。これで勉強もできて運動もできるとか言ったら…僕は比べられてしまうのではないか、と少し不安になってしまう。
「とりあえず座ろうか」
母とは面識があるのか特に自己紹介をすることもなく義父から席につくよう促される。僕が義父に会ったことがあるように、義兄も母とは会っていたのだろう。義父と母が向かい合って座ったため僕は義兄と向かい合って座る。
こちらの様子がわかるのか席に着くとオーダーを取りに来ることなく運ばれてくる料理。
少し小洒落た洋食屋だけあって前菜風にワンプレートにオードブルとサラダ、スープが乗せられて出てくる。
中学生の僕には少し物足りない気もしたけれど、義父や義兄もきっと物足りないのだろうけれど、これはきっと母と僕に対する配慮。
母の食べられる量と、テーブルマナーに不安のある僕を気遣って選んでくれた店なのだろう。
食事を進めながらゆっくりと会話を楽しむ。義兄は僕に気遣っては様々な話題を振ってくれる。その時に知った義兄の通う高校は僕の学力では入るのが難しいところでどこか遠い大学を目指しているのだろうと推測した。
先の進路が気になるけれど、それを聞けるほどまだ近づいてはいない。
「渉君は高校はどこ目指してるの?」
と聞かれ答えたけれど、義兄との差が恥ずかしい。僕の目指す高校だってそれなりに人気の高校だけど、兄の通う進学校と違って僕が通いたいのは専門的な事を学ぶ工業高校だ。
母が再婚する事は想定していたけれど、母の収入を当てにする生活を早く抜け出したくてその先の進学は考えていなかった。収入だけを考えれば大卒よりも専門的な高校を卒業している方が〈良い〉求人が来ると教えられて選んだ進路だ。採用時の条件で昇進の仕方も違ってくるため高卒だと将来的に、と母に言われたけれどそもそもそこまで大きな会社に入る程の能力が自分にあるとは思っていない。地元のそれなりの会社に入れさえすれば母や祖父母の負担も減るだろう、そう思っての進路だ。
「工業高校を目指してるけど科はまだ迷ってます」
工業高校と言えば学校名を言わなくても通じるため義父も義兄もそうなんだねと頷く。それ以上に何も聞かれないため話は終わったのかと思ったところで義父が口を開く。
「工業高校なら上位にいたら大学の推薦だって取れるんだったね、確か」
「進学は考えてませんから」
「そうなの?」
今度は義兄が口を開く。
「ですね。あまり勉強好きじゃないし」
「そっか。でも進級したばかりだし、ちゃんと決めるのはこれからだね」
この時は何も思わなかったけれど、義兄はこの時から既に計画を立てていたのだろうか?
穏やかに食事が進み、その日はその場での解散となった。母も義父も車で来ていたため現地解散だ。
その時に僕の夏休みを目処に義父の家に引っ越す事、通学は少し遠くなるけれど幸い義父と母の職場の通り道になるため朝は母の車に便乗させてもらう事になった。帰宅時間が違うため義父と母は同じところに行くのに別々に通勤する事になる。帰りは少し遠いけれど朝歩かない分運動にちょうど良いだろう。
夏休みにしたのは受験になるべく影響のない時期にとの配慮で、断る理由は無い。今の進路なら夏期講習も必要無いし、僕としては長い夏休みに義兄と過ごすのが少し楽しみでもあった。
そして時間はあっという間に進み引っ越し当日。特別コレクションがあるわけでもなく、小さい子どものように玩具が必要なわけでも無い。あるのはゲーム機とソフト、あとは本棚一つ分の本だったため僕の荷物はそれほど多く無い。
母も実家住まいだったせいもあり家財道具がある訳でもなく、自室の衣類や少しばかりある私物を持っていくだけなので引越し自体は半日もあれば終わってしまった。
新しい家は義父の持ち家で、家具などは引っ越す前に用意してくれてあった。僕の部屋は〈渉が帰ってきたくなった時のためにそのままにしておくからね〉と母がいない時に祖母から耳打ちされた。義父と義兄は祖父母にも挨拶をし、お互いに好印象を持ったようだったけれど先のことはわからないから祖父母なりの配慮なのだろう。逃げ道があるのは正直ありがたい。
父には初めて2人に会った時に一緒に住まなくても大丈夫そうと告げた。
僕の逃げ道になるだけの気持ちはあったけれど、積極的に僕と住もうという気があったわけではない父はあっさりと了承し、それでも〈息抜きしたい時はいつでも遊びに来いよ〉と僕の頭に手を置きクシャクシャと頭を撫でた。もうそんなふうにされて喜ぶ年でも無いけれど、それでもそんな風に僕を気遣ってくれる人がいてくれる事が嬉しかった。
帰り際に〈お守り〉と父の住む部屋の鍵をくれたのは父なりの僕への気持ちなのだろう。
そうやって僕を大切に思ってくれている人達がいる事を噛みしめながら新生活を始めたのだけど…とにかく義兄は僕に甘かった。
夏休みということもあり義兄と留守番することが多くなったせいもあるけれど僕たちは急激に打ち解けた、と言うかとにかく何をするにも僕優先で小学生に戻った気分だ。
義父と2人暮らしだった期間が長いせいで何でも2人でやってきたからと家事も完璧で驚かされた。僕だって祖母の手伝いをしなかったわけでは無いけれど、僕がやってきたのは所詮手伝いだ。
義兄の母はもう存命ではないため引っ越し初日に挨拶させてもらう。仰々しい仏壇ではなく流行りのモダンな仏壇に手を合わせ、今日からお世話になりますと伝えた。
義兄が小学生の頃に亡くなった彼女はまだ義父の心の中にいるけれど、それでも義父と一緒にいたいと言った母は彼女の存在を大切にする義父が好きなのだと教えてくれたけど、僕にはよく分からない。
亡くなった人はその時の1番綺麗な記憶で心の中に居続けるけど現実の母はこれからの生活で見られたくない姿を義父に見せる事だってあるだろう。その時に幻滅されたら、と怖くならないのだろうか?それともそんなふうに思う僕が子供なのだろうか?
「母のことが気になる?」
義兄の母が眠る仏壇が視界に入った時にそんな事を思い出していた僕に気付いたのか、そう話しかけられた時に答えに困ってしまった。
彼女のことが気になるというよりも、彼女を取り巻く人間の気持ちが気になるとは言いにくくて曖昧に頷く。義兄だって僕にも母にもいつも笑顔を見せてくれるけど、それでも本当に気持ちは彼にしかわからないのだ。
「真秋さんはお父さん似?お母さん似?」
何をどう言って良いのかわからず一番無難な質問をしてみる。本当は義父にそっくりなのは聞かなくてもわかっていたのだけれど。
「俺は父似だね。写真、見せてあげようか?」
「お義母さんには内緒だよ」と言いながら見せてくれた写真は彼女と義兄が写った写真で、幼い義兄を抱いた彼女がその腕の中の我が子を愛おしそうに見ている1枚だった。
「綺麗な人」
無意識に出た声に「好み?」と笑ったのは義兄の気遣いだったのだろうか?
「確かに綺麗な人だったけど写真でしか思い出せないかな、もう。母と過ごした時間よりも母がいなくなってからの時間のほうが長くなっていくんだから仕方ないよね」
「じゃあさ、いつかは僕といる時間の方が長くなるのかな?」
なんとなく言ってしまった言葉だった。単純に母よりも義父よりも兄よりも若い僕はこれから先の人生、兄と過ごす時間が1番長く残っていると思っただけだったんだ。
「それ、何だか嬉しいかも」
そう言った義兄は本当に嬉しそうで〈弟〉として認めてもらえたようで嬉しかったのが最初の一歩。
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