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「ダメだよ、行かなきゃ」
「わかってるー、ちょっとだけ」
統哉の手が胸に伸び、ブラジャーの上から揉みしだかれる。大して大きくない、どっちかっていうと小さいほうなのに、統哉はおっぱいを揉むのが好きだ。
あたしの胸は形がとてもいいらしい。誰と、何人と比べてそう言ってるのか知らないけど。
「遅刻しちゃう。もう行くね」
ぶー、と口を尖らせる統哉を優しくなだめ、ベッドに押し戻す。玄関のドアを閉めながら振り返ると、統哉はベッドから目だけちょこんと出して、シーツの中から「いってら」と言った。
小さく手を振って、ドアを閉める。ヒールを打ち鳴らしてマンションの廊下を歩きながら、ようやく何も気づかれなかったことにホッとする。
いや、統哉が携帯を見られてることに気づくわけなんかないんだ。浮気がバレても別にいい、あたしなら絶対許してくれるって、よく知ってるんだから、あいつは。
夏のボーナスが出た直後の土曜日で、店は昼間っから大繁盛だ。
いつもはこの背の高さや女らしくないサバサバした性格が災いしてそこそこしか客のつかないあたしでも、今日はフロアに出た途端、他の女の子たちと同様ボックス席と洗面所をひっきりなしに往復するはめになった。
若さをウリにしているうちの店は在籍してるのがほとんど十八や十九の若い子ばっかりで、ロリコン趣味のお客さんが多いからそれっぽい子がモテる。例えば理寿とか。
休憩なしで三本、立て続けに仕事をした。
一本目は右側に軽く沿った根元に大きなホクロのついたおちんちんで、二本目は口の中にすっぽりおさまる華奢なやつで包茎気味、三本目はいかにも遊び慣れてる感じの、皮がべろべろした真っ黒いおちんちんだった。
この仕事をながーく続けてると、だんだんおちんちんが車の部品かなんかに見えてくる。流れ作業式に、おちんちんをしごいて咥えてイカせる単純作業。
本来のセクシャルな意味はすっかりそぎ落とされて、もう何も感じない。
粘着質なオヤジの客にねちっこく触られるのも、時々やってくる常連さんの納豆とニンニクと生ゴミの混ざったような凄まじい口臭も、フェラの最中にチン毛が口の中に入って喉の天井に貼りついて、なかなか取れない不快な思いをすることにも、どんどん平気になっていく。
鏡の中のあたしは日ごとに十九歳の女の子から立派な風俗嬢に近づいていって、それがちょっとむなしい。別に、誰かに誇れるような立派な生き方がしたいって思ってるわけじゃないけど。
三本目が終わって、初めて休むことが出来た。休憩室にはあたしともう一人、やよいがいた。十ヶ月前、あたしの少し後に入店したやよいは、明らかにこの業界に向いていない。
「ちょっと、暇になったね」
「そうですね」
いつも通り、床にぺたんと座って煙草片手に声をかけると、休憩室にひとつしかない椅子に座ったやよいは、文字通り蚊の鳴くような声で答えた。
棒みたいな足をぶら下げてるガリガリに痩せたやよいは、先輩っていってもたったの二ヶ月だしトシだってタメなのに、未だにあたしに敬語を使う。
みんなといつも距離を置いているようで他の女の子と全然仲良くしないから、誰もこの子の本名を知らない。
きっと、風俗嬢なんて男に媚びを売って生きてる最低の人間だから、あんまり関わりたくないとか思ってるんだろう。
いかにも普通の女の子で、いや普通というよりむしろ潔癖に近いように見えるし、とてもこういう店で働くタイプじゃない。
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