7人が本棚に入れています
本棚に追加
/27ページ
「ね、前から聞きたかったんだけどさ。やよいってなんで、このバイトしてるの?」
ちょっとした好奇心からで、別に意地悪な気持ちがあるわけじゃなかった。
同じ店で働いてるんだし、付き合いだってそれなりに長いんだから、もっとお互いのことを知り合っても悪くなかった。なのにやよいはびくっと頬を引きつらせ、地味な顔を俯けてしまう。
「それは……その。なんていうか、夢のため、です」
「へー夢。いいなぁ、あたしそういうの、一個もないよ。どんな夢なの?」
「それは言えないけど……」
それ以上聞くのはよして、軽く相槌を打って再び煙草を咥える。ひょっとしたら、単に風俗嬢をバカにしてるんじゃないのかもしれない。すぐに人との間に壁を作りたがるのは、自分に自信のない人間にありがちなことだ。
でもそんな、自分に自信がない(かもしれない)やよいは、何気に客に人気がある。
先月の売り上げは理寿とさおりさんに続いて、ナンバースリーだったし。
いつまでたってもおどおどしていて新人ぽく、ういういしいのが、女の子を辱(はずかし)め、いじめたい男たちにはとっても好評なのだ。
「あー、疲れたぁ」
くうっと伸びをしながらまゆみさんが休憩室に入ってくる。続いてさおりさん、そして理寿も。みんな一斉にプレイタイムが終わったらしい。五人も入ると、狭い休憩室はいっぱいになる。
ふーう、とため息がわりに煙を吐き出すと、さおりさんに思いっきり睨まれた。
「あのさぁ、あたしの前で煙草吸うなっていつになったらわかんの? 同じこと何度も言わせないでよ。あたし禁煙中なんだから」
「すみません……」
急いで火を消し、携帯灰皿に突っ込む。あたしも禁煙にチャレンジしたことのある身だから、目の前で誰かが吸ってると猛烈に吸いたくなる気持ちはわかる。
だからって当たらないで欲しいけど。どうも、ニコチン不足でいつも以上にイラついてるらしい。
うちの店の一番の古株で、理寿が来るまでずっと売り上げナンバーワンだったさおりさん。歳はみんなよりちょっと上で二十二、三ってとこ。
ナンバーワンの地位をかっさらった理寿に冷たいのはわかるが、あたしにまで事あるごとに意地悪をしてくる。理由はたぶん、自分で言うのもなんだけどあたしが美人だからだと思う。
小さい頃はコンプレックスだった背の高さはこのトシになると逆にチャームポイントだし、父方のおばあちゃんがドイツ人らしいから、肌の白さも睫毛の長さも鼻の高さも、日本人離れしている。
たいてい老けて見られるのが、ちょっと嫌だけど。
対してさおりさんはよく言えばファニーフェイスって感じで、美形にはほど遠い、ただのスレたギャルだ。
Eカップのおっぱいやむちむちしたいやらしい太ももはとってもセクシーだけど、さおりさん本人は太めの自分の体を嫌ってるかもしれない。
この人がいつも休憩室で飲んでいるのは、ジュースでもコーラでもなくカロリーゼロのお茶か水だ。
「まぁまぁ、いいじゃない。ゆかちゃんはさおりが来る前から煙草、吸ってたわけだし。何も今、さおりの顔見て吸い始めたんじゃないんだもの、ね」
元ナンバーワンの顔色が気になって、とりなそうとするまゆみさんの「ね」に素直に頷けず、「えぇ、まぁ……」と目が泳いでしまう。
さおりさんがあんまり納得してない顔で、仕方なそうにフンと鼻を鳴らした。そんなさおりさんにまゆみさんはニコニコ笑いかけている。
ほんと人格者っていうか、すごいいい人だと思う。この店の平和は、「ザ・いい人」まゆみさんのお陰で保たれている。
いい人だけど、まゆみさんの左腕にはカッターで切ったような痕がいくつもある。控え室にはカーテンがあるわけじゃないから、着替えの際に嫌でも見えてしまう。
きっと理寿もやよいもさおりさんもみんな気付いてることだけど、誰も話題にしない。
笑顔の下にまゆみさんはどんな苦しみを隠し持っているんだろう。そして客にリスカの痕を見つけられた時、どんな顔をするんだろう?
最初のコメントを投稿しよう!