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「煙草買ってきます」
理寿がお財布片手に休憩室を出て行く。
この店には客用の出入り口を出てすぐのところに、煙草の自販機がある。理寿は最近、時々その自販機を使うようになった。
「外で吸ってきてよね。ナンバーワンさん」
嫌みったらしくさおりさんが言うけれど、理寿はちっとも動じず、負け犬の遠吠えなんか聞こえてないって感じでサッサと足を動かす。
強いというより、何も考えてないんだろう。親友(だと思ってるけど、少なくともこっちは)のあたしですら、しばしば何を考えてるのかわからなくなる子だし。
そんな理寿には最近男が出来た。元は客だった、五十近いおっさん。一度も染めたことのなかった髪を茶色くしたのも、煙草を始めたのも、きっとその男の影響だ。清純ロリ路線から外れたら、人気落ちるぞ。
「あたしの彼氏はね、煙草が苦手で。自分が嫌いなもんだから、吸っちゃいけないところで吸ってる人見ると、許せないみたい」
四人になった休憩室で、まゆみさんがしゃべり出した。あたしがへーえと相槌を打ち、さおりさんは仏頂面のまんまで、やよいは相変わらず俯いてて無反応。
「この前も町中で歩き煙草してる人見つけて、それがすっごい怖そうな人なのに平気で注意しに行くんだもの、こっちがドキドキしちゃった。案外、ごめんなさいって素直に聞いてくれたからよかったけど」
「へぇー、でもいいじゃないですか。そういうの、格好いいと思いますよ」
「格好いいのかな。無駄に正義感が強いだけだと思うけど」
「だからその、無駄に正義感が強いってのが、いいんですって」
そんな感じで、女四人の恋バナが始まる。といってもしゃべってるのはほとんど、あたしとまゆみさんだけだけど。
理寿はあたしにしか彼氏の話をしないし、やよいにはたぶん、彼氏なんていない。こんなところで働いてるくらいだから、処女ではないんだろうが。
そしてさおりさんはというと、実は富樫さんと付き合っている。理寿とか新しく入った子は知らないが、ある程度ここで働いてる子はいつのまにか先輩のピンサロ嬢から聞いて知ってしまう、公然の秘密だ。
富樫さんが長い身体をもてあますように休憩室に入ってくる。仏頂面だったさおりさんの目が、一瞬きらっとする。
「ハイ、出勤。りさが二番ボックス、やよいが三番ボックス、まゆみが五番ボックスね。あれ、りさは」
「今煙草買いに行ったから、すぐ戻ってくるはず」
あたしが言うと富樫さんはそう、と小さく顎を動かし、忙しそうにフロアに戻ろうとする。やよいとまゆみさんがそそくさと準備を始める。不機嫌顔になったさおりさんが富樫さんを呼び止める。
「ねぇ、ちょっと待ってよ。あたしは?」
「さおりはもうちょっと休憩してて。大丈夫、さっき常連さんからさおりちゃんいますかって電話あったし、すぐ仕事出来るよ」
「ほんと? ほんとに仕事出来るんでしょうね?」
ほんとだってば、と富樫さんは苦笑いしつつ面倒臭そうに言った。
ほんと?ほんとに?となおもしつこいさおりさんを、醜いなぁ、と思った。
嫉妬と焦燥感で歪んだ女の顔は、本当に醜い。
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