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『最低だよね風俗嬢って、男のチンコ咥えて金もらってんでしょ、汚らしい。あんたみたいな汚い女に統哉を幸せに出来るとでも思ってんの?
マジ統哉が可哀想だっつの。今すぐ別れなさいよ。あたし、あんたなんかに絶対負けない』
負けない? 何それ。負けるだの勝つだのってなんのことだろう?
あたしはあたしでいつ本命と浮気相手のポジションがひっくり返らないかとヒヤヒヤして、向こうは向こうで冷静さがふっとぶほどキリキリして。
どっちもどっちじゃん。少なくとも統哉に愛されてる、統哉の本命だ、そんなふうに優越感を持ったことは一度もない。
むしろ、感情をむき出しにして向かってくる彼女たちが、たまーにちょっとだけ羨ましくなる。
だって彼女らは、どこまでも自由だ。好きなだけ泣いて騒いで、気が済むまであたしをいじめたら、つき物が取れたように去っていく。
いくら統哉が好き、死ぬほど好きといっても、たかが知れてるのだ。見栄や執着を愛と勘違いしてるだけ。
対してあたしは、統哉にも自分の気持ちにもかんじがらめにされて、身動きが取れない。
『統哉の携帯いじってあんたのプリクラ見せてもらったけどさ、まじブッサイクだよね、老け顔だし。よくそんなんで風俗嬢とかなれると思ったよね? 信じらんない。つーか何、聞いてる? 人の話』
「やめといたほうがいいよ、あんな男」
電話の向こうでびっくりするような声がしたけれど、切ってしまった。
それから十分、三十分、一時間しても、キレた女から再び電話がかかってくることはなかった。感情を発散させてやれば、相手も結構スッキリするらしい。
あたしはあと何回、こんな電話を繰り返すんだろう。そして統哉はあと何回、浮気するんだろう。
浮気する男は最低だ。浮気する男とは別れたほうがいい。一般常識だし、あたしだって統哉と付き合う前はそう思ってた。
ところがいざ浮気を繰り返される立場になってみれば、ひどい、信じられない、許せない、そう思いながら統哉も自分の気持ちも捨てられず、こうやってズルズル関係を続けながら、だんだん悲劇に慣れていく……
あたしは我ながらうんざりするほど、月並みな女の子らしい。
「ダメな男、最低な男、なんであんなのに惚れちゃったんだろう。痛いぐらい思っても、その実好きで好きでしょうがない。そうやってダラダラ付き合い続けちゃう女の子、多いわよ。あたしの知り合いにもいるけれど」
二人っきりの休憩室の中、まゆみさんは壁にもたれながらミルクティーのペットボトル片手に言った。あたしはいつも通り、床にぺたんと座って煙草を吸っている。
時刻は木曜日の夕方五時半。そろそろピークタイムが訪れ、一日の勤めを終えた男たちが身体と心の疲れを癒しにやってくる。理寿ややよい、夜だけ勤める学生組も、そろそろ出勤する頃だ。
あたしは秘密主義者なのか、やたらプライドが高くて人に弱みを見せるのが嫌なのか、こうやって誰かに悩みを打ち明けることなんてあんまりない。
統哉のことは理寿にも相談出来ない。こんな仕事をしているくせに男を好きになることがわかんないなんて言う理寿には、こんな悩み理解出来るはずもないし、むしろ相談されたところで困るだろうし。
しかしまゆみさんの前では、あたしは驚くほど無防備になって、ついつい自分をさらけ出してしまう。
それはまゆみさんの包容力ある大人の女性の雰囲気のせいもあるけれど、リスカの傷のせいもあると思う。
もろいところを持っている人には、自分のもろさも見せやすい。
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