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「たぶん、ゆかちゃんは寂しくて寂しくてしょうがないんじゃない? 人に頼られたり甘えられたり必要とされたり、そういうことに飢えてるんじゃないの?」
「そうかもしれません」
「だからそういうダメ男でも、頼られるのが嬉しいのよ。そもそも恋って、マイナスの要素があればあるほど盛り上がるものだし」
マイナスの要素、か。彼氏はホストで彼女は風俗嬢。ハタから見れば、ダメダメを絵に描いたようなカップルだ。マイナスの要素があればっていうより、マイナスの要素だけしかない気がする。
二人で夜の世界を抜け出そう、表の世界で真面目に頑張ろう……そう誓い合った付き合いたての頃の日々が、遠い過去に思える。ほんの数ヶ月前の話なのに。
「そんなもんですかね。まゆみさんの彼氏は、ダメ男ですか?」
「彼はちゃんとした人よ」
唇にミルクティーをつけて堂々と言うので、本当にそうなんだろうなぁと思った。急に、まゆみさんが猛烈に羨ましくなった。ちゃんとした人がそばにいて、その人に好かれて、その人が好きで好きでたまらないなんて。
「何してる人なんですか?」
「普通の会社員。歳は、ひとつ上」
「へー。あの、この仕事してるのは……」
「知らないわよ、当然。バレないかっていつもドキドキ。OLしてることになってるの」
「ごまかせるもんですか、それって」
「それが案外、誤魔化せるのよね」
ふっくらした白い顔でほくほく笑うまゆみさんは、本当に幸せそうだった。
じゃああのリスカの傷は? 恋愛問題じゃない、別のところから出たものなんだろうか?
ずっと聞けなかったけど、聞いちゃいけないと思ったけど、今なら聞いてもいい気がした。
煙草の灰を落とし、唾をひとつコクリと飲んで「あの、まゆみさん」と言いかけた時、さおりさんのはじけるような笑い声が聞こえて、二人一斉に休憩室からちょこんと顔を出す。
客用の出入り口の前、さおりさんと富樫さんが向き合って笑いながら話している。
プレイ中の声が漏れないよう、トランスがガンガンにかかってる店内でも、さおりさんの大きすぎる笑い声はよく響く。
普段あたしや理寿を睨みつけたり、嫌味を言ったりするのとはまったく別人のさおりさんが、そこにいた。
やぁだもうー、と声を間延びさせ、富樫さんの肘(ひじ)をぱしぱし叩いたりしている。
さおりさんと仲のいいまゆみさんはもちろん、二人が付き合ってるのを知っている。
「ね、わかるでしょ。マイナスの要素があればあるほど、盛り上がるのよ」
「そうですね」
親友がイタい恋をしているにも関わらず、まゆみさんの口調はずいぶん冷えていた。
さおりさんだって、わかってないわけじゃないだろうに。ほんとに愛していたら、その女をいつまでも自分の店で働かせたりなんかしない。
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