裕未香(ゆみか)(源氏名・ゆか)

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「どうしてあんたなんかが統哉の彼女なのよ。あんたなんかが本命なのよ。あたしのほうがよっぽど統哉のこと好きだし、統哉にふさわしい。あんたなんか風俗嬢じゃない。あんたなんかあんたなんか」 「ホストクラブにはキャバ嬢も風俗嬢も、いっぱい来るんだって。時にはAV出てるような子も」  女がぱちくりと目を見開いた。化粧が剥げ、真っ黒い涙が頬を濡らす。呆れるばかりの醜さだ。 「でも統哉はそういう子の話をする時、絶対『なんか』なんてつけない。確かに、その人がどういう考えで何をしているか、それも人を判断することの立派な材料だよ。 でもそれだけじゃないんだって、統哉はちゃんとわかってる。バカだけどあいつは、そこだけは感覚的にわかってるの」 「……」 「あなたも統哉のそういうところが好きなんじゃないの?」  女は更に何か言おうとしたけれどやがて言葉は言葉の形をなさなくなり、意味のない嗚咽ばかりが響いた。 二十分ぐらいたっぷり泣いた後、女は無言で立ち上がり、駅のほうに向かって歩き出した。ゴミ集積所の前に転がったままの包丁を、あたしはそっとビニール袋の中にしまった。明日は燃えないゴミの回収日だった。  そう。統哉は一度も、あたしをバカにしなかった。こんなあたしをまっすぐ受け入れてくれた唯一の人が、統哉だった。 物心ついた時には既に、父親はいなかった。母さんは優しい時と冷たい時の差が激しい人で、優しい時は可愛い服を着せたり写真を撮ったり、ドイツ人とのハーフでイケメンだったっていうお父さんとの思い出を何時間もしゃべったり。 でも冷たい時は、あたしを殴る。牛乳をこぼしただけで服を脱がされて真冬のベランダに出されたり、目つきが悪いと言って熱湯を浴びせられたこともあった。  事あるごとにあんたなんか生まなきゃよかったと言われた。よくドラマとかに出てくる台詞だけれど、世の中には自分の子どもに向かって、洗脳のようにその言葉を繰り返す親が、実際にいる。  洗濯はろくにしなかったしお風呂にも入れてもらえなかったから、あたしは薄汚い子どもだった。ホームレスみたいに悪臭漂う服を着て髪の毛はフケだらけにして、学校に通った。 ノートとかエンピツとか、そういうものもなかなかそろわなくて、クラスの忘れ物はいつもあたしが断トツだった。そんな子どもが好かれるわけもなく、小学校では「汚い」といじめられ、友だちが一人も出来なかった。  小学校生活も後半にさしかかった頃、不良の中学生が近づいてきた。不良グループは自分と似たような環境で育った人たちが多かったから、居心地がとてもよかった。 初めて友だちが出来た。誘われるがまま、いろんなことをやった。万引き、喧嘩、無免許バイクで暴走、シンナー、援助交際。 悪事がたたり、中学時代の大半は施設で送ることになった。気詰まりな施設の生活に耐え切れず、十五歳の時に友だちと抜け出した。 援助交際で食いつなぎ、夜の街で知り合った男の家を転々と渡り歩いた。繁華街でスカウトされたのをきっかけにホテトル嬢になったけど、そのホテトルも摘発に遭い、また施設に戻されるのが嫌で間一髪のところ逃げ出した。 その頃はもう十八になっていたから、キャバクラで働き始めた。でも女同士のいがみ合いがひどい店で二ヶ月で辞めて、代わりにこの店に勤め始めたのが一年前。 うちの店にもさおりさんがいるけれど、キャバの女の争いに比べれば可愛いものだ。
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