裕未香(ゆみか)(源氏名・ゆか)

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まだピンサロを始めたばっかりの頃、ホストの営業で統哉に声をかけられ、ほどなく恋人同士になった。 お金はあったけれど冷たい家庭で育ち、与えられなかった愛情を何人もの女と寝ることで埋めてきたという統哉は、互いに理解し合える相手だった。 初めて愛してるって思った、愛されてるって思った。どんなにダメダメな二人でも。ぐだぐだな関係でも、いくらひどいことをされても、離れることなんて出来なかった。  足は機械的にあたしを運び、いつのまにかマンションのドアの前についていた。薄いチープなドアの向こうに、人の気配がある。 気配どころかあえぎ声までする。あん、イイ、と女の声。まさか統哉、嘘ついて仕事サボってAV鑑賞? そんなわけあるか。  鍵はかかってなくて、ノブを回すとあっさり開いた。薄く開けたドアの向こう、電気をつけっぱなしの部屋の中、ベッドの上で繋がってる統哉と知らない女が見えた。 座位でかなりアグレッシブに腰を振り、パイプベッドがみしみしいっている。唖然とするあたしと、女の尻を抱きかかえてる統哉と、目が合った。 切れ長の目がぎょっと見開かれる。動きを止めた統哉を不思議に思ったのか、女がだるそうにこっちを向く。 「何やってんのよ……!!」  気がついたらあたし自身が、さっきのおそろしく醜い女になってた。クツも脱がずに家に上がりこみ、手当たり次第にそのへんのものを拾い上げては統哉に投げつけた。 お気に入りのクローバー模様のコップは割れ、リモコンは電池蓋が外れて中身が飛び出し、統哉が可愛がってたエンゼルフィッシュの水槽もひっくり返された。 床で銀色のひれがぴしぴし、苦しそうに跳ねた。それを踏んづけた。ぐにゃっと命がつぶれる音がした。何か言ったと思うが、何を言ったのかよくわからない。 さっきの変な女のせいもあって、完全に感情のコントロールが効かない。女は何度か金切り声を上げた後、タオルケットにくるまって部屋の隅でうずくまってた。 本棚を振り上げて中の本ごと投げつけようとしたあたしがあまりの重さに引きずられ、ぺたんと床に尻餅をついたところで女が立ち上がった。 「何よ!! 彼女今日、大丈夫だって言ったくせに!! 嘘つき!! 面倒くさいのは嫌って言ったでしょ!!」  女は統哉に投げつけるように言うと、素早くワンピースを被り、床に広がってたバッグを拾ってそそくさと逃げ出した。 実にあざやかな身のこなしに、統哉に「めっちゃスゴかった」とメールを送ったのはこっちのほうなんじゃないかと、直感で思った。どうやら統哉に本気じゃないことに、安堵と悔しさを同時に覚えた。  統哉はあたしの攻撃を甘んじて受けながら、フルチンのみっともない姿でおろおろしている。 「どうして、なんで、枕はしないって前言ったじゃん、なのになんで、なんで、あたしもう統哉なんか知らない、こんな生活耐えられない、別れようよ」  言いながら涙が出てくる。歪んだ視界の向こうで、フルチンの統哉も泣いている。 「ごめん、ほんとごめん、もう絶対二度としないから許してよ、俺裕未香がいなくなったら生きていけない、別れるなんて言わないで、ねぇ頼むから」  涙で掠れた甘い言葉がじんわり心に染みていく。  別れようだなんて言葉ばっかりで、ちっとも本気じゃない。  好きなんだ、大好きなんだ、この人が。そして統哉が自分を失いたくないと叫ぶこの瞬間が、何より気持ちいいんだ。  暴れる気力すらなくなって床に蹲って泣いていると、まだ涙の乾いてない統哉が抱きついてくる。涙と鼻水でどろどろになった顔をこすりつけられ、キスをする。ぐるぐる舌が絡み合って、そのままベッドに押し倒される。  何も解決なんかしてないのに、何も変わってない、ダメダメな二人のままなのに、あたしたちは互いを求め合う。ついさっきまで、統哉が他の女と繋がってたベッドの上で。
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