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着替えを済ませて裕未香と一緒にフロアに出ると、早速富樫富樫さんに指名が入ったことを告げられ、おしぼり片手に二番のボックス席へ向かう。
富樫さんはここの店長で、金メッシュを入れた黒髪をオールバックに撫で付けた、ひょろっと背の高い男の人。
三ヶ月前、求人のティッシュに書いてあった番号に電話したあたしと喫茶店で面接したのは、この人だ。
ティッシュにはキャバクラの名前と「体験入店二時間一万円」の文字が躍ってたけど、実際会って話してみたら系列のピンクサロンを紹介された。
「大学生だよね?学校行きながらキャバなんてまず無理だよ、同伴アフター、そんなのやってたら学校なんか行けないからね。その点こっちのお店なら時間の自由もきくし」って。
後で知ったけど、そのへんで配ってるキャバ嬢募集のティッシュ広告なんて、電話すればたいがいいかがわしい店に入れられるらしい。
ここで「キャバはいいけど風俗なんて絶対イヤ」っていう「普通の、まともな」神経の女の子なら迷わず断るんだろう。
でもあたしは既に好きでもない男の人と寝ることを日常にしている人間で、風俗の仕事を始めるのに大した覚悟も勇気もいらなかった。
「りさちゃん、今日なんか感じ違わない?」
隣のコンパートメントと薄い板一枚で区切られてるだけのボックス席に座ると、今日で五回目のこのお客さんはさっそくあたしを抱き寄せ、まるまるした顔をくっつけてきて背中の真ん中らへんまである黒い髪をわしゃわしゃ撫でた。
「りさ」はこのお店でのあたしの名前。いわゆる源氏名。本名が理寿だからひとつもじっただけ。
別に「りか」でも「りな」でも「りえ」でも「まき」でも「なつみ」でもなんでもよかった。違う名前でセックスすることに、あたしは既に慣れすぎていた。
「わかる?ちょっとメイク、違くしてみた」
「お化粧なんかしなくったって、十分可愛いのに。りさちゃんくらいだったら、化粧なんてしないほうが絶対可愛いんだよ」
なんて、生徒指導の先生みたいな的外れなことを言って(化粧しないほうが可愛い女の子なんているわけないのに、余程メイクが下手な子は別だけど)、皺の寄った唇をこめかみに押し当ててきた。
四十を少し過ぎたと思われるこの小太りのおじさんには、奥さんと幼稚園と小学生の子どもがいる。
初めてあたしがついた日、子どもの写メを見せてくれたけれど、目のくりくりした男の子と女の子が、仲良く顔を寄せ合って写ってた。
きっと家の中ではいいお父さんで、奥さんもあの子たちも、影でこんなことをしてるなんて、まさかセーラー服姿の十八の女の子の身体をまさぐってるなんて、想像もしないんだろう。
やがて分厚い手がセーラー服のファスナーをおろし、ノーブラの胸をもみしだく。
やっとAカップしかない胸、浅いくびれに男の子みたいなぺたんこのお尻。横から見るとやたら平べったい身体は女の魅力なんて欠片もないのに、なぜかお客さんたちにとても好評だ。
いつのまにか上半身裸にされ、栗色の乳首をちゅうちゅう吸われながら、指があそこを出たり入ったりしていた。
ちっともときめきなんてない代わりに、嫌だとも思わない。あたしの奥はしっとり火照って濡れて、唇の隙間から漏れる声は店内を駆け巡る大音量のトランスにかき消される。
やっぱり自分はまともじゃないんだろう。
「普通の」女の子だったら、脂が腐ったような臭いをぷんぷんさせた、醜く太ったお腹を突き出したおじさんに胸を揉まれたり、キスをされたり、あそこをいじられたりなんて、まず耐えられない。
キモい、死ねって、顔を蹴り上げる女の子だっているかもしれない。
でもあたしにとってはくたびれた身体から立ち上る独特の臭いも、醜いお腹や黒々とした欲望を隠さないいやらしい笑い方も、既によく馴染んだものだった。
大体あたしは、同じ年頃の若い男の子とセックスをしたことがない。男の人の身体は醜くていやらしいのが当たり前だ。
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