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夕菜(ゆうな)・源氏名やよい
夏は、嫌いだ。
だって外は暑いし、薄着になるとどうしても胸がないのが目立つし、汗の臭いやら紫外線やらいろんなことを気にしなきゃいけない。
第一、夏の太陽は眩しすぎる。そんな太陽に照らされる世界も、眩しすぎる。
「こんにちは」
熱された空気の中、焼きごてみたいになってるノブを素早く回そうとすると、斜め後ろから声をかけられる。
きんと眩しい強烈な太陽の下、ポケットティッシュが詰め込まれたダンボール箱を抱えた男の子が、こっちを見ていた。作ったような笑顔。戸惑いと好奇心が半々って感じの目。
首筋を伝う汗が一気に氷点下まで冷えて、逃げるように控え室に入ってしまう。心臓がバクバクうるさくて気持ち悪いくらいで、朝食べたものが胃の皮ごと外に出て行こうとしていた。
控え室の中にはまゆみさんとさおりさんがいて、たたきで震えてるあたしをびっくり顔で見る。
「やよいちゃん、どうしたの?」
まゆみさんが心配そうに声をかけてくれる。さおりさんはちょっと怖いから苦手だけど、いつもニコニコして優しいまゆみさんは、好きだった。
「さっき……そこで、男の子に声かけられて……」
「男の子?」
「あぁ、ティッシュ配りのっしょ? 変わってるよね、あいつ」
さおりさんが鏡の中の自分を覗き込み、睫毛にビューラーを当てながら言う。
「あたしもいつも声かけられる。こんにちはーって。同じ店で働くんだから挨拶ぐらい、とか思ってるわけ? バッカじゃないの。しゃべりかけられたほうは迷惑だっつの」
「たしかに。反応に困るよね、どんなつもりなのかなぁ」
「さぁ。風俗で働いてる女なんてどーせ尻軽だろうし一発ヤルにはちょうどいいだろうしって、狙ってたりしてね。にしてもさ」
くるんと睫毛の上がったさおりさんに睨まれ、身がすくむ。さっき、男の子に声をかけられた時ほどじゃないけれど。
「何? やよいって男性恐怖症なの? 男に声かけられたくらいでなんでそんなんなってんのよ。よくそれでこの仕事やってけるよね?」
あたしは黙って俯いた。どこを見ていいのかわからない目の先に、汚れたミュールに入った足があった。
違う。男の子に声をかけられたから、こんなふうになってるんじゃない。
あの男の子があんまり健康的であんまり明るくて、あんまり太陽が似合ってて、そんな人を目の前にしたおかげで自分がひどくみじめに思えてしまったんだ。
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