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「じゃ、またね。やよいちゃん」
歳はたぶん三十四、五ってとこ。話によると奥さんとの間に二人、小学生と幼稚園の子どもがいるらしい。
そんな常連のお客さんとのプレイタイムが終わって、入り口まで送っていく。
お客さんの肩越しに、繁華街を通り過ぎていくカップルが見える。たぶんあたしと同じ、大学生ぐらいの、あんまりこんな街が似合わなそうな二人組だった。
男の子はすっきり痩せてて茶色い髪にふわふわのパーマをかけていて、女の子のほうはさおりさんみたいなむちむちの肉付きのいい身体をしていて、デニムのスカートから覗いた太ももがはちきれんばかりだ。
ラブホが近くにあるからこの店の前をカップルが通ることは珍しくないのだけれど、反射的に顔がこわばってしまう。
むちむちの女の子がこっちを見た。日焼けした顔ににやっと笑みが浮かび、彼氏の肩をつついてこっちを指差す。ふわふわパーマの男の子が驚いたようにあたしを見る……
「大丈夫? やよいちゃん」
休憩室に入るとまたまゆみさんに心配されてしまった。本当に、自分でもなんでこんなに弱いのかと呆れる。
風俗のバイトは誰にやらされてるんでもない、借金があって困ってるから始めたわけでもない、ちゃんと自分で決めてやってること。
なのに、なんでこんなに重たい気持ちを抱えながら、あたしはここに来ているんだろう?
「大丈夫です……」
「本当に? 顔色、悪いわよ。それにさっきだって」
「やよいー写真指名入った。二番ボックスね」
富樫さんが入ってきて、言う。休憩もほとんどなしで、連続で仕事だ。あたしはなぜか、この店の人気者だ。
りささん、さおりさんに続く、ナンバースリーのやよい。仕事をすることの生きがいも満足感ももたされてないのに、なぜか不本意に成果だけどんどん、上がっていってしまう。
素直に喜べばいいのだけど、こんなことで評価されてもしょうがないと思ってしまう自分がいる。
「はじめまして、こんばんは。やよいです」
ボックス席に入った途端、うわぁ、と思った。
目の前でニヤニヤ笑ってるのは昼間っから酔っ払ってるらしい赤い顔の、頭のつるつる禿げ上がった、デブのおじさんだった。
人は見た目で判断するものじゃないっていうけれど、この仕事を一年もやってれば、見た目でわかる。
いかにも、中年のドスケベの、ベタベタさわってくる粘着質なタイプだ。つまり、あたしが一番苦手なお客さん。
さりげなく、ぴったりくっつくんじゃなくて、少し間隔を開けて座った。でもすぐにぬるっと腕を回され、肩を抱き寄せられるから、意味がない。
お酒の臭いに何か腐ったものが混ざったような、ひどく嫌な息が頬にかかる。
「うん、やっぱ君にしてよかった」
「え」
「ここのナンバーワンって子、さっき見せられたけどさ。なんかこういうのに慣れちゃってる感じで、それじゃあつまんないよね」
「ナンバーワンって、りささんですか?」
「そうそうそんな名前。あの子はねー男慣れしてるよね。僕ぐらいになると、見ただけでわかるんだって」
そう言われてみればたしかに、顔立ちは幼くてどっちかっていうとロリ系だけど、そんな感じはするかもしれない。
たくさんの男に触れ、彼らから抜き取ったエキスみたいなものが、りささんからはふんわり漂っている。
そういう独特のフェロモンに惹きつけられて、更に男は集まってくるんだろう。
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