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「でさ、はっきり言われたんだよね。俺はキープだって」
「それで、どうしたんですか」
「ほんとに好きだったからさ。どうしても無理? 一番目とトレード出来ない? て、聞いちゃった」
「トレードって。何、それ」
こみ上げる笑いをこらえきれず、口元が緩む。正義くんが途端にぱっと目を輝かす。
「ほら、笑った」
「え」
「やよいちゃんが初めて笑った」
「……」
「そのほうがいいよ。やよいちゃんの笑った顔、可愛いもん」
可愛いなんて言われたの、何年ぶりだろう。正義くんの笑顔はやっぱり眩しすぎて直視できないから、半分海にずり落ちた太陽を見る。視界いっぱいに赤い色を映しながら、今なら言える気がしていた。
「五百万、欲しいんです」
「え?」
「あたしが、この仕事してる理由」
「……五百万!? 何それ、借金でもあるの!?」
「違います。あたし、整形したいんです」
正義くんが本当に驚いたように目をぱちくりさせた。整形、って言葉を初めて聞いた人の反応みたいだった。だいぶ長い時間が経ってから、ひとつひとつ噛み締めるようにゆっくり言う。
「五百万の整形って。どことどこ、するつもりなの」
「まずは目。そして鼻。それから頬の脂肪吸引でしょ、お腹の脂肪吸引でしょ、胸も大きくして……」
「全身じゃん」
「全身です」
「てかさ、脂肪吸引って、おかしいっしょ。そんなに痩せてんのに。それ以上脂肪取ったらガリガリのガイコツだよ。むしろ気味悪いよ。逆にもっと太ったほうがいいくらいだし」
「高校の時」
軽く俯いて、小さく唾を飲んだ。あれから二年以上も経ったはずなのに、今でも過去になっていない。この話をする時、あたしの胸は今も痛みに震える。
「高校の時初体験した彼氏、あたしはすごい好きだったんだけど、彼は罰ゲームだったんです。友だちとウノしててその罰ゲームで、あたしと付き合ったって」
「……それ、なんで知ったわけ?」
「友だちが教えてくれました。こんな話してたよって」
「ほんとに!? デマじゃなくて!?」
「本当です、ちゃんと自分で確認したから。ヘラヘラ笑いながら、そんなブサイクな顔で俺に好かれてるとでも思ってたの、なんて言われちゃいました」
「……最低だね、その男」
正義くんの声に怒りがこもった。この人も本気で怒ることがあるんだなぁ、と当たり前のことを確認した。
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