夕菜(ゆうな)・源氏名やよい

6/8

7人が本棚に入れています
本棚に追加
/27ページ
「でさ、はっきり言われたんだよね。俺はキープだって」 「それで、どうしたんですか」 「ほんとに好きだったからさ。どうしても無理? 一番目とトレード出来ない? て、聞いちゃった」 「トレードって。何、それ」  こみ上げる笑いをこらえきれず、口元が緩む。正義くんが途端にぱっと目を輝かす。 「ほら、笑った」 「え」 「やよいちゃんが初めて笑った」 「……」 「そのほうがいいよ。やよいちゃんの笑った顔、可愛いもん」  可愛いなんて言われたの、何年ぶりだろう。正義くんの笑顔はやっぱり眩しすぎて直視できないから、半分海にずり落ちた太陽を見る。視界いっぱいに赤い色を映しながら、今なら言える気がしていた。 「五百万、欲しいんです」 「え?」 「あたしが、この仕事してる理由」 「……五百万!? 何それ、借金でもあるの!?」 「違います。あたし、整形したいんです」  正義くんが本当に驚いたように目をぱちくりさせた。整形、って言葉を初めて聞いた人の反応みたいだった。だいぶ長い時間が経ってから、ひとつひとつ噛み締めるようにゆっくり言う。 「五百万の整形って。どことどこ、するつもりなの」 「まずは目。そして鼻。それから頬の脂肪吸引でしょ、お腹の脂肪吸引でしょ、胸も大きくして……」 「全身じゃん」 「全身です」 「てかさ、脂肪吸引って、おかしいっしょ。そんなに痩せてんのに。それ以上脂肪取ったらガリガリのガイコツだよ。むしろ気味悪いよ。逆にもっと太ったほうがいいくらいだし」 「高校の時」  軽く俯いて、小さく唾を飲んだ。あれから二年以上も経ったはずなのに、今でも過去になっていない。この話をする時、あたしの胸は今も痛みに震える。 「高校の時初体験した彼氏、あたしはすごい好きだったんだけど、彼は罰ゲームだったんです。友だちとウノしててその罰ゲームで、あたしと付き合ったって」 「……それ、なんで知ったわけ?」 「友だちが教えてくれました。こんな話してたよって」 「ほんとに!? デマじゃなくて!?」 「本当です、ちゃんと自分で確認したから。ヘラヘラ笑いながら、そんなブサイクな顔で俺に好かれてるとでも思ってたの、なんて言われちゃいました」 「……最低だね、その男」  正義くんの声に怒りがこもった。この人も本気で怒ることがあるんだなぁ、と当たり前のことを確認した。
/27ページ

最初のコメントを投稿しよう!

7人が本棚に入れています
本棚に追加