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「聞いてるだけで胸糞悪くなる。俺をキープにした彼女のほうが百倍マシ」
「いや、その子もかなりひどいですよ」
「そうかなぁ」
「そうです」
「でもさ、ともかく、その男のせいでやよいちゃんは、自分に自信が持てなくなっちゃったってわけっしょ?」
「たぶん、そのせいです。だから上京したのをきっかけに、整形しようって思った。大学のうちにお金貯めて手術して、きれいになった状態で社会人になりたくて」
あたしだってちゃんと恋がしたいし、人を好きになりたい。高校の時の彼のことはもうこだわってないし、今ならひどい男だってきちんと憎むことが出来る。
でも、いざ彼氏を作ろうとしたらいつも上手くいかない。コンパなんかでいいなと思う人に出会ってもうまくしゃべれないし、何も出来ないでいるうちにその人には彼女が出来てしまう。
そうなってしまえばもうほんとに何も出来ないから、指を咥(くわ)えて幸せそうな二人を見つめながらじっと、気持ちが冷めていくのを待つ。
そんなむなしい片思いを、大学に入ってから三回ほど繰り返した。
口の中でため息をつきながら世界を真っ赤に変えていく夕日を見つめていると、正義くんが前に回り込んできた。
何? と聞く前に素早く抱き寄せられて顔が近づいてきて、気がつけば唇を塞がれている。ほんの一瞬、ごくごく軽い、感触も覚えられないような小さなキス。
唇が離れて至近距離で真面目に見つめられて、ようやく心臓が口から飛び出しそうな驚きがやってきた。
「なっ何やってるんですか」
「ごめんなさい。やよいちゃんがあんまり魅力的で、ドキドキしたから、キスしちゃいました」
「なんですかそれ」
「自信、ついた?」
「え?」
正義くんがまたニッ、と笑った。悲しみもトラウマも目尻の皺にぐいぐい吸い込まれていきそうだった。
「男と付き合えば、自信つくよ。整形したいなんてもう言わせない」
「で、でも正義くん、別にあたしのこと好きなわけじゃ」
「好きだよ」
また唇を塞がれてしまう。数時間前の、ナメクジが口中を這い回るような嫌な感触を、正義くんのキスがきれいさっぱり拭い取ってくれる。
抗えない、と思った。あたしはこの人に、今はっきりと急速にふくらむ気持ちに、決して逆らえない。泳ぎ方を知らない子どものように深みにはまり、溺れていく。
たっぷり時間をかけた丁寧な唇の愛撫が解かれた瞬間、早口で言った。
「夕菜です」
「え?」
「あたしのほんとの名前。夕菜って言います」
「可愛い名前じゃん」
正義くんが三回目のキスをしてきた。
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