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裕未香は煙草片手に携帯をいじっている。ピンクと赤のラインストーンを貼り付け、自分で作ったデコ携帯。
電池蓋の裏側にはひとつ年上でホストをやってる彼氏のプリクラが貼ってあること、あたしは知ってる。
「彼氏とメールしてるの?」
「うん」
「いいなぁ、彼氏とか同棲とか」
「理寿も作ればいいじゃん」
その「作る」ってことがどれだけ難しいかわかってないわけじゃないだろうに、あっさり言ってくれる。
瞼の裏に長野の田舎にいた頃寝た、何人かの男の人たちの顔を思い浮かべてみる。たぶんもう会うこともない、すれ違うことすらないであろう人たち。
ちっとも寂しくない。もし彼らの中の一人にでも恋していたら、こんな時に恋愛小説の一節のような「胸が切り裂かれるようなせつなさ」なんてものを感じたりするんだろうか。
「あたし、わかんないんだよね。男の子を好きになるってことが」
裕未香が携帯から顔を上げて、眉をひくりとさせた。無理もない。十二、三歳の子どもならともかく、十八にもなっていてペニスをしごくことを職業にしている女の台詞じゃない。
「だから憧れる、恋って」
「そんなこと言ってさぁ、理寿だって付き合ったことぐらいあるんでしょ? そうじゃなきゃこんなバイトしないし」
「一応はね。でも好きなのかどうか、最後までよくわかんなかった」
「何それ。小悪魔だなー、理寿は」
裕未香が笑って言って、また携帯をいじりだす。互いに必要とし合い、離れていてもずっと繋がってたいと思える。あたしもいつかは裕未香みたいに、そうやってちゃんとひとを好きになれるんだろうか。
富樫さんが長い身体を折り曲げるようにして、天井の低い休憩室の入り口をくぐった。
「りさちゃん、三番ボックスね。初めてのお客さん」
「はぁい」
「いってら」
裕未香に小さく手を振って、おしぼりを持って休憩室を出る。ちょうど入り口でお客さんを見送っていたさおりさんが戻ってきたところで、さあ今から仕事をしようというあたしはまた睨まれた。
あたしが来てから確実に、さおりさんがボックス席に入ってる時間は減った。
「はじめして、よろしくお願いします」
四十代後半ぐらいの、グレーのスーツ姿のおじさんだった。痩せた身体に浅黒い顔、ぎょろっとした大きな目。
年齢こそ違うけれど、初体験の相手にちょっと雰囲気が似ている。
おじさんはぴったりくっついて座ったあたしに、すぐ手を伸ばそうとしない。ちょっと目を細めて、セーラー服を珍しいもののようにまじまじ見つめる。
「君がここのナンバーワンかい」
「はい」
「そうか。初めてだからどんな子がナンバーワンなのか、ちょっと見てみたいと思ってね」
こういうところに来る男の人には珍しく、見た目も中身もがつがつしてなくて紳士的で、いやらしいところをちっとも出さない。
落ち着いたテンポで、ゆったりとしゃべる。
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