理寿(りず)・源氏名りさ

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 長野の田舎に生まれ、母子家庭で父親を知らずに育ったあたしの初体験は、小学五年生。相手は十八歳も年上の担任の先生だった。 「理寿のことが好きだよ」って言われて、大人が子どもを好きになることがあるんだなって、すごく驚いた。大人は大人同士で、子どもは子ども同士で、好きになるものだと思ってたから。 「理寿が好きだよ。理寿のことを好きって気持ちがここに込められてこんなに膨らむんだ」  ズボンとトランクスを脱いで下半身裸になって、先生は小学五年生の小さな手をペニスへ導いていった。嫌とは思わなかった。怖くもなかった。 ただ、言う通りにすれば先生はとても喜んで褒めてくれて、あたしを「大好き」って言ってくれた。それが嬉しかったから、すべてに従った。 今以上にぺたんこの胸を触られるのも、口でペニスをぱっくりくわえ込むのも、毛も生えてないあそこを舐められるのも。 放課後の教室で、体育館倉庫で、先生のアパートで、数え切れないほどそういうことをした。 アパートでする時は終わった後、よくご飯を食べさせてもらった。卵を落としたチキンラーメンとか冷えたご飯とあり合わせの材料を刻んで炒め合わせたチャーハンとか、そういうものばっかりだったけれど、大人の男の人と同じテーブルでご飯を食べること自体が、楽しかった。  半年ほど続いたそういう「付き合い」は、ある日突然終わりを告げた。先生が他の女の子にも「性的いたずら」をして、被害に遭った女の子がお母さんに言って、事が発覚した。 先生は他にもあたしを含め、三人の女の子に同じことをしていた。先生はすぐに学校からいなくなって、お母さんとあたしは「将来に傷がつかないよう」、隣の、そのまた隣の町へ引っ越した。 お母さんは泣きながら「ごめんね、理寿のこと守れなくて。本当に怖かったね」って言って、お母さんは案外あたしのことをよくわかってないんだな、と気づいてちょっと悲しかった。 怖くもなんともなかったけど、先生がいなくなったことも、先生が他の女の子にもそういうことをしていたのも悲しくて、そんなことを言える相手が誰もいなかった。 自分で先生を探そうとか、先生に会いに行こうとまでは思わなかった。新しい学校で、先生にいたずらされた女の子じゃなくてごく普通の小学生として過ごしている間に、小さな悲しみはすぐに消えた。 けれど大事なものを失った「喪失感」みたいなものは、いつまでも消えずに、心の奥に沈んでいつまでも残ってた。 大事なものって処女膜のことだろうか、純粋な子どもでいられる時代だろうか。今でもわからない。  テニスを始めた中学の頃、顧問の先生とまた同じような関係になった。 「大会に出してほしかったらおとなしくしろ」と脅されて、そんなことを言わないと女の子の胸ひとつ触れない弱さ、みっともなさが、最初はすごく嫌だった。 でも何度もそういうことをしているうちにその人もすごく優しくなって、セックスのためだけに会うんじゃなくなった。 秋に赤やオレンジに染まった山をドライブしたことも、うちじゃ絶対に食べられない目玉が飛び出すほどおいしいご飯を食べさせてもらったこともあった。 二年半も続いた関係だけど、あたしが高校に進学して校内で顔を合わすことがなくなってからは、自然と疎遠になった。  高校生になると入学と同時に携帯を買ってもらったので、出会い系サイトにアクセスして数えきれないほどのおじさんたちとセックスをした。なめなさい、と言われてなめた。写真を撮らせてほしい、と言われて撮らせた。 ハイヒールでお尻を踏んづけてほしい、と言われて踏んづけた。お金をくれれば、もらった。  法律違反だとは知ってたけど、悪いことだとは思ったことがなかった。貞操観念というか、倫理観みたいなものの一部がすっぽり抜け落ちているのかもしれない。 そもそも貞操なんて守ろうとする間もなく奪われちゃったんだから。むしろ、ちょっといいことをしている気さえした。 言うことを聞いて喜んでもらえて、自分が気持ちよくなって、他人を気持ちよくさせて。 醜くでっぷり太って、脂の腐った臭いをぷんぷんさせているおじさんの腕の中は、いつでも安心した。 相手が誰か、は関係なかった。おじさんはあたしのバージンを奪った小学校の先生でも、脅して関係を結んだテニス部の顧問でもあった。  一緒に住んでいるお母さんにバレたことはない。あたしが二歳の頃に離婚して、以来女手ひとつであたしを育ててくれたお母さんは仕事があんまり忙しくて、帰りが夜の十二時を過ぎることもしょっちゅうだった。 あたしを大学に行かせるため、必死だったんだ。あたしはお母さんが大好きだった。でも援助交際のことをお母さんに申し訳ないと思ったことは、一度もなかった。 援助交際は後ろめたいことじゃなくて、心の支えみたいなものだったから。
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