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裕未香(ゆみか)(源氏名・ゆか)
ホストの統哉(とうや)は昼夜逆転の生活を送っている。
ピンサロで働いてるあたしも昼夜逆転っていったら昼夜逆転だけど、店のワゴンで送ってもらって帰ってきたらすぐシャワーを浴びて、午前二時には寝る。
そして午前中のうちに起きる。
対して統哉はアフターの後始発で帰ってきて世間一般の労働者が起き出す頃にベッドに潜り、午後の三時とか四時に起きてるみたいだから、昼夜逆転のレベルが違う。一緒に住んでる割に会話が少ないのはしょうがない。
今日は真っ昼間、十二時からの出勤。化粧をしてすっかり準備を整えてから忘れ物を確認するように、ベッドの中でタオルケットにくるまってる統哉を振り返る。
枕元にはお客さんからのプレゼントだというあの世界的高級ブランドのストラップがぶら下がった、黒いボディの携帯。なんとフリップが開きっぱなしだ。間違えて踏んづけでもしたらどうするつもりなのか。
一瞬迷ってから、なるべく足音を立てないようにしてベッドに近づく。すうすう寝息を立ててる統哉は携帯が拾い上げられるのに気づきもしない。
緊張はするけれど、罪悪感はない。何度同じことを繰り返しただろう? 後ろめたい気持ちなんて、とっくに麻痺(まひ)していた。
ホストだから当然とはいえ、受信ボックスには女の子からのメールばっかり。
どうしてこんな、背が低くて顔も平均的な、いたって普通の男の子がここまでモテるのか謎だけど、女の子たちのメールには愛の弾丸のようにハートマークが飛び交っている。
女のメールのハートマークに意味なんかない、何も考えずにただ使っているだけ。そうは言うものの、赤いハートを見つけるたび、あたしの心臓はいちいち過敏反応する。
あたしだって、統哉にハートマークたっぷりのメールを日常的に送っているんだ。
むなしい気持ちでスクロールさせていくと、ある一件のメールで手が止まる。受信日時は昨日のお昼。
『今日はホンットありがとう、めっちゃよかった♪ 統哉くんマジスゴすぎっ!!(笑) びっくりしちゃったよー。またお店行くね(^0^)/』
……めっちゃよかったって何が? マジスゴすぎって何が? 付き合い始める時、統哉はあたしに枕営業はしないと約束してくれた。もちろんホストなんだからそんな約束無意味も同然、わかってるけど、だけど。
ふーう、と何かの動物のうなり声のようなものを漏らしながら、壁を向いて寝ていた統哉が寝返りを打つ。慌てて携帯を枕元に戻す。反射的にフリップを閉じちゃったけど、開けっぱなしのほうがよかっただろうか。
統哉のことだから、携帯を開けっぱなしで寝たことなんか覚えちゃいないかな。切れ長の睫毛の長い目が眠そうに開き、あたしを見上げる。苦笑いが唇を歪めた。どうか気づかれてませんように。
「裕未香、もう行くの?」
「うん。今日十二時からだから」
「そっかぁ」
統哉に手首を掴(つか)まれ、あたしは引きずられるようにベッドに倒れこむ。首の後ろに華奢な手を回され、酒の味のキスをされる。
あーあ、せっかく塗ったばっかりのグロスが落ちちゃう、勿体無い。
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