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いままで、出ようと思わなかった
出れるとも思ってなかった
重い扉をあけ、踏み出す。振り返ると
自分にとって世界そのものだった施設は想像したよりは大きくなくて
というか、それ以外、があまりにも大きすぎた
広大な空、一面が真っ黒に塗りつぶしたキャンパスのようで
手を伸ばしてもジャンプしてもどこにも届きそうはない
空気や、匂いや、生い茂る葉、色々な建物
ああ、この、この世界は……
こんなにも。
「……俺さ、ここで怖い思いもしたけど
なんか楽しかったよ
非日常みたいでスリルがあったし、なによりお前に出会えた」
「えっ?」
脱出成功で緊張してた体からどっと力がぬけたような
そんな声。
圭介の素直な、気持ちの声。
「……鈍感なやつだな
普通一人で逃げるほうが確実じゃん
お前を連れて出たかったのは
……お前が好きだからだよ
その赤い目も、白い肌も、いや外見だけじゃなくて……何も知らないんだなっていう
純粋無垢な感じがさ、外の世界じゃお前みたいなやつは、いない
ああ、べつにそれだけじゃないぞ
話してからも思ったよ
お前はいやなやつじゃない
自分はいままで脱出しようとしなかったのに、こっちの脱出を真剣に手伝ってくれるし
命の心配もしてくれる
だから思ったんだ
お前はすごい良いやつだなって
そんな奴を……こんなとこに置き去りにしたくない
俺の手で幸せにしたいって」
あとは、門からでるだけだった。
門は錆びれてて、手で押すとたやすく開いた。
「遠くに、灯りがみえるな?
灯りの数だけ、人がいる、幸せがある
だから行こうぜ」
冷たい風が喉を撫でる
ああ……私、もう自由なんだ
どこへでも行けるんだ
涙がこぼれた。
あまり動くことのなかった感情がいま激しく揺らいでいる
「そうだね、いって……ミナトを助けないと」
「もちろん、ここをでたら一目散に警察に駆け込むんだ。
大人がそれなりの装備で踏み込めばこんな施設すぐ終わるよ
……お前の悪夢も」
いままで、よく頑張った
と抱きしめられる
本当かな、私はただただ現状を受け入れてきた
……頑張ったのかな。
頑張れたのかな。
「圭介……私も……私もあなたが好き」
私たちは施設からできるだけはやく離れるよう、走った
運動という運動をしたことがないから
これで走り方があってるのか、わからない。
繋いだ手から伝わる鼓動、ドキドキした。
これから、どんな日々が待っているんだろう?
まだ施設はのこってるし、ミナトは捕まってるし問題は山積みなのに
つい、未来への楽しみのほうが勝ってしまう
色々な人に会えるんだね
色々なことを知れるんだね
圭介とミナトと共に……
けれどー……
急に、圭介は足を止めた。
そんなまだ施設から離れられてないし、道のど真ん中だ
止まる理由はない。
「……圭介?どうしたの?はやくその
けいさつ?に行かないと」
圭介は
急にあたりをうろうろと見回す
そして私の顔を見て呟いた。
「あれっ?お前誰だっけ……?
俺……確か修学旅行中で……狸追いかけてたはずなんだけど……ここどこだろ?」
チャリン、と私の手からキーホルダーが落ちた。
***
あれだけ苦労して抜け出した施設に
……私はまた戻ってきた。
電気は復旧してしまったらしい
ロボットたちはやたらと元気だ。
『オカエリナサイ』
一ツ目のロボットがそう声をかけてくる。
一人でけいさつに駆け込んでみたけど、あなたなに?どこからきたの?なんの用?と冷たく上から話されて怖くてなにも言えなかった
同じ大きさの人しか見たことがないから、あんなに背の高い人も居るとは。
「あの……食事、ちょうだい、息が苦しいの」
『マッテテ、スグモッテキマス』
……圭介は……
施設から離れたら施設での記憶を失ってしまった。
「……いままで連れてこられた子達は、殺されたの?あなたたちに」
ロボットはいう
まさか、そんなことはしません、と。
適当につれてきて、時間が来たら返すのだと
最初にレーザーで脳操作をし、外に出たら施設のことは忘れるように仕向けてある
いちいち殺していたら、施設はすぐ疑われ
消されてしまう
そういうことらしかった。
圭介は、あんなに頑張らなくてもあともう少しで
普通に解放してもらえる予定だったのだ。
施設を……私のことを忘れて。
「……やることが汚いよ
あんなに、仲良くできたのに」
『ソレハ、スミマセン……』
圭介に忘れられたのが悲しくて、私は何度も施設でのことを話し、手を掴んだが
同情した圭介は、かふぇ、に連れてってくれてー……そこで食べたパンは、たしかに施設のものより密度がすごい気がしたけど、なぜか私の具合は悪くなってしまい、トイレで吐いた
すると、圭介は
「……ごめん、お前のこと俺何も覚えてないし
人違いだと思うんだよね
それになんか
食べ方とか……野生児か?どう育ったらそうなんの?
悪いけど……もう付き合いきれないかな
警察、このカフェのすぐ横にあるから、なにか困ってるなら、そこにいってくんない?ここ奢るくらいはするからさ」
圭介の冷めた目に、私は気づいた
私は外でやっていくには、当たり前の教育がされてない。
常識がない
私達の間の想いは……
同じ施設で、同じ極限状態でうまれた
奇跡的な愛であり
その時間を共有していない限り、私と圭介の間に
愛はうまれない
それは圭介が悪いわけじゃない
私の育ちが、異常すぎたのだ。
そしてー……私が
外のものをたべて気持ち悪くなったのは
多分、施設でー……
私の食事にだけ、なにか薬のようなものが入っていたんだと思う。
もともと外ではやっていけないようになっていたんだ
味方は記憶を失っていなくなり
私は薬がきれて耐えきれなくなり帰ってくる。
扉など、ぬけても意味がなかった
私の目の前には大きな開かずの扉がある
それをぬける術なんて、自由なんて
最初からなかったんだ。
「…………なんで」
ロボットが運んできたパンをたべて
ぼろぼろ泣いて
けれど少しだけ楽になっていく体に私は嫌気が差す。
一度外を知ってしまった私に
この施設内の無限の時間は、もう酷だった
生きていたくはなかった。
そろそろ、真実を知るときなのだと思った。
「ねぇ、教えてくれない?私だけなんでこんな目にあうの」
『……コノ日記ヲ読ンデクダサイ』
ロボットは、関係者以外立入禁止の看板をどけ個室に入ると、なにやらノートのようなものを差し出してきた。
『アナタハ、5号トヨバレテイマスガ
最初ハ、ユキ、トヨバレテイマシタ』
ユキはお嬢様だった。
しかし病弱で、この施設から一度も出ることなく死んでいった。
父は嘆き、なんとかして娘にもう一度会えないか、と、魂の転送機を開発した
娘の事以外なにも考えていない父は
誘拐してきた別の子に魂を転送し、見事ユキを復活させた
その後ユキが話し相手がほしいといえば、またよそから子供を誘拐し友達に仕立て上げた。
何も知らぬユキは幸せで
父と生涯をすごした。
父は満足して亡くなっていった
それがユキ1号だった。
そこで終わればよかった。しかし
父が亡きその後も
ユキを生かし続けろという命令のまま
魂の転送をやめる手続きはされておらず
残されたロボットたちはユキ1号の体がおわりかけたその時
次はユキ2号の体になる人に魂を転送するために
とりあえず近辺で子供を誘拐し、レーザーで魂の転送に適正があるのか確認、また仮に外に出たら記憶が消えるように脳操作をし、適正者に魂を転送させた。
そうして誕生した2号はまだまだ元気そうだったが、暇すぎて死んでしまうとわめいたため
話し相手としてまた子供がつれてこられた。
そうやって魂をうつすために、または話し相手のために子供たちは定期的にこの施設に連れてこられることになったのだ
色々な理由で死んでったユキ達は
転送するごとに、ユキ本来の意志や記憶はどんどん薄れていき、もはやユキではない、自分が何者かもわからない、ただただ生かされる何かになっていった
それが、私ー……5号の真実だった。
『食事二、入レテイル薬ハ、魂ヲ定着サセテオクモノデス
ソノ食事ガナケレバアナタハ抜ケガラニナル』
「……今になって、全部話したのは……」
『ハイ、スミマセン』
一度食事を中断した私は、もう死にかけているらしい
死に行くものがなにを知ってももう関係ないということだろう。
「……ごめんね、ミナト」
助けることは、もう無理だ。
なにもかも嫌になった
私は元の部屋に戻りうずくまる
圭介に会いたい
私の知る圭介に
『5号、サッカーて知ってるか?楽しいスポーツなんだけど俺それ好きでさ
ボールを蹴って追いかけてゴールに入れて
ウェィッってなんだけど……
こう説明するとつまんなそうだな』
『あー暇すぎてこんな文字ばっかの本でも娯楽になってくんな俺漫画しか読んだことなかったからさ』
『あのロボット顔こえー
そうでもない?お前変わってんなあ』
『んだよ、こっちガン見すんなよ
なんにでも興味持つなあ。
だから見んなって……照れるだろ』
「…………」
もう、死のう。
私がそうおもい、舌を噛み切ろうとすると
私の部屋に、少女がー……
ミナトの、姿が
私は思わず頭を下げる。
せめて私がもう一度電源を落としてミナトが逃げるのだけでも協力すべきなのに
死のうだなんて
「……ごめんね、私……バカで
あなたに逃してもらえたのに結局戻ってきて……あなたを逃がす協力もしなくて
ごめん、ごめんなさい」
けれどもう、うまく動くこともできない。
「……さっきの話、聞こえた
この施設の真実、ユキのこと」
「え?」
「うちね、そういえばレーザーあびた時
適正があるって言われた
多分、あなたが死んだら次はうちが6号になるんだと思う」
「ー!!ごめん、なさい
私死ぬのやめるね、なんとか頑張る
あなたを逃してから死ぬ」
「いや、いい
うち……6号になろうとおもう」
「え?」
「うちが6号になって、それでなにもかも終わらせる。もうこの施設の出方はわかったから。
またこの施設からでて……助けを呼ぶか自分で道具をそろえて、この施設を爆破する。人が誘拐されて、解放されて、ちょうど無人になるその時を狙ってね。
遠くへ逃げても無意味みたいだし
だけど、あなたが出てから戻るまで3回食事をした
つまり、3日は食事をやめても施設に戻らず過ごせるということがわかった
その限られた時間で、なんとかしてみせる
もう二度と、7号が誕生しないように
そうしないと無限にこの地獄は続くから
それができるほどの体力は……多分、いまのあなたには残されてない」
「ごめんね……ごめんね」
無力で、馬鹿で、あなたを犠牲にして
「ううん、謝らないで
ユキ……いや、5号
あなたの無念は、うちが晴らす。
この施設は本だけは置いておける
うちはそこに真実を書き込んで
あなたの魂が転送されたあと、やり遂げてみせる
だから、そんな悲しそうな顔しないでよ
うちと……その、さ、あなたが大事にもってるキーホルダーをくれた圭介がいたこと
わすれないで
何もかもなくなっても、最初からなかったわけじゃないよ
……うちならいいんだよ、帰らなくても
本当はわかってた、両親ね、待ってないの
うち養子だもん、血の繋がった本当の子が産まれたからもういらないって言ってたの
聞いたことある……
それなのにあなたが、きっと両親は帰りを待ってるというから
そう言うから……
その言葉が嬉しかったんだよ
綺麗事でも気休めでも
あなたのために、死んでもいいと思うほどに」
ミナトの瞳から涙がこぼれる
私も、たしかに泣いていた。
そうか、私はー……もう、一人じゃないんだな。
意識がなくなる前
なにやらかすかな記憶が見えた
ずっとベッドの上で、外の景色を眺める私
「そりゃ、お父様と
皆ともっと一緒に居られたら幸せだけど……
でもこの病気も私の個性というか
人の運命は決まってて
無理に長引かせたら、なにかよくないことが起きるような
そんな不安があるの」
「私、案外幸せよ
この空間で妄想だけして過ごすの
だってきっと外の世界は厳しいから
妄想の中より、ずっとね」
ユキ自身は、死を、運命を、覚悟していたんだ
そこで終わるべきだったんだ。
「もし、お父様がなにか良からぬことをたくらんでいるのなら……だれか、とめてあげて」
そうだよね
やっとわかったよ。自分が居る意味が
外に出て、自由になって、愛する人と生きることよりも
全ては、何もかも終わらせるために。
それが、私の成すべきことだ
***
目をさます。
コンクリの壁
狭い部屋、一日に一回だけ
ロボットが清掃をしてくれ、食事も持ってきてくれる。
体内時計とやらは意外と正確で、私は今日はなんだろうと足の指をこすりあわせ、楽しみにしていた。
和式トイレと、簡易的なシャワーなら備え付けられている。最低限、生き続けることは可能な空間だ。
意外と、菌とかにも触れないので風邪をひくこともない
今日もピンピンに、普通に元気だ
だから苦しくもなんともない
時間だけが無限にある中で
私は、妄想と独り言を繰り返す。
あと、たまに本を読んでね。
……今日はこの本を読んで過ごそう
そう思ってぱらぱらとめくっていると
なにやら気になる、手書きのメッセージが。
「何……?これ」
『自分の正体は病気で亡くなったユキというお嬢様だ』
『6号よ、あなたが死んだら次は誘拐されてきた別部屋のだれかが7号として使われる』
『これ以上犠牲者をだしてはいけない
この施設を脱出し、無人の時を狙い
この施設を爆破しろ
この施設にいる子たちは出るときは協力してくれるかもしれないが、外に出たら記憶をなくす
自分はこの施設の食事がないと生きてはいけない』
『つまり未来も、自由もないということだ
孤独な戦いになるだろう
だからこそ終わらせてくれ、この悪夢を』
読めない文字がすこしあったが
私は文字の意味を調べ解読しなければとおもった
私は成し遂げなければならない
『ちなみに、あなたの体の名前はミナトだよ
ミナト、大好きな5号のために
頑張ってね
うちの体と、5号の魂と、たしかに5号と愛し合っていた、圭介のくれたキーホルダーがある
三人で乗り越えていこう、大丈夫
あなたはもう一人じゃないから』
「…………うん、分かった……私」
絶対ここを脱けだして、すべてを終わらせる
幸せも未来も自由もないけれど
……泣かない。
痛くなるほどに、キーホルダーを握る
私の目には確かな闘志が灯っていた。
end
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