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1-2
「……とまあ、こんな感じで今後は進めていきますね」
萌は資料をまとめると、トントンと机の上で整えた。爪に散りばめられたストーンが、きらりと光る。
「それでですね、ゆめりん先生」
きた、と夢芽は身構えた。
「は、はい」
「続編の進捗は、いかがでしょう?」
夢芽は膝の上でギュッと手を握りしめ、萌に向かって頭を下げた。
「それが、すみません、全然思いつかなくて」
「そんな、ゆめりん先生、頭あげて」
萌が焦ったように立ち上がり、手を伸ばして夢芽の肩をポンポンと叩いた。
夢芽は、泣きたい気持ちで顔を上げる。そんな夢芽に、萌はにっこりと微笑んだ。今度はちゃんと目も笑っている。萌は年齢のこと以外に関しては、穏やかで優しい性格をしている。
「でも、前回もこんな感じで」
実は、前々回の打ち合わせで、新作については打診されていた。しかし、夢芽は一向にアイディアが浮かばず、前回も新作の企画書は白紙のままだったのだ。そもそも、夢芽は小説家としてデビューを目指しているわけではなかった。普段は中高生向けの塾で国語を教えており、趣味である読書の延長線上でウェブに小説を投稿してみた。しばらくは小説を投稿したことすら忘れていたが、あるとき小説投稿サイトから大量の通知が届き、自分が書いた小説がいわゆるバズっている状態にあることに気づいたのだった。
「作家さんにはよくあることです」
この業界大手のAKレーベルから書籍化のオファーを受け、深く考える暇もなく書籍化やアニメ化が決まっていった。急な展開についていけない夢芽を、最初からサポートしてくれたのが、担当編集者になった萌だった。
「西田さん……」
そんな萌に迷惑をかけてしまっているという罪悪感で、ここ数日は眠れなかったほどだ。それでも、続編のアイディアはなかなか浮かばず、今日を迎えしまった。
「私なりにも、いくつかアイディアを考えてみました」
そう言って、萌は夢芽にノートを手渡した。それはいわば交換日記のようなもので、思いついたアイディアや執筆に関する悩みなど、なんでも記入してほしいと最初の打ち合わせで萌からもらったものだった。レースやラインストーンでデコレーションされたそのノートは、ときには郵送で、ときにはこのように手渡しで、夢芽と萌の間を行ったり来たりしている。萌からの返事はいつも丁寧で、些細な悩みにも真摯に対応してくれる。担当している作家全員と、こうして交換日記をしているというのだから、萌はやはり優秀な編集者なのだろう。
「ありがとうございます。頑張ります」
夢芽はノートを胸に抱き、萌にお礼を言うと、AKレーベルの事務所を後にした。
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