1-1

1/1
前へ
/4ページ
次へ

1-1

 「『女勇者が最強で何が悪い?!』アニメ大ヒット放映中!」  「『女悪』コラボカフェ開催中!」  秋葉原の街は、今放映中のアニメ「女勇者が最強で何が悪い?!」のポスターや、ポップアップストアの宣伝などで彩られていた。  「女勇者が最強で何が悪い?!」通称、「女悪」は、無名だったWebラノベ作家、ねこまんまがインターネットの小説投稿サイトで、密かに連載をしていた作品を人気配信者が取り上げ、あれよあれよという間にヒット作となった。  先週始まったばかりのアニメは、早くも今期の覇権を握るだろうとされている。  コラボカフェやグッズの展開も多く、街を見渡すと「女悪」グッズのキーホルダーやぬいぐるみをかばんにつけている人も少なくない。  そんな秋葉原の街を、谷本夢芽は俯き気味に、早足で歩いていた。  元々、秋葉原にはよく訪れていたので、目的地まで地図を確認する必要もなく辿り着ける。JR秋葉原駅の電気街口改札から徒歩約8分。駅前の喧騒からやや遠のいたところに、その小綺麗なビルは佇んでいる。  夢芽は、逃げるようにビルの中に入り、エレベーターに乗って3階のボタンを押した。まだ新しいエレベーターは、ほとんど揺れることもなく、滑らかに夢芽を3階まで運んでくれる。  エレベーターから降りると、街を包んでいたどこかお祭りのような喧騒とは違う、殺気が混じっていると言っても差し支えないようなざわめきが、夢芽を包んだ。  フロアには大きめのデスクが6つで一つの島を作り、それが3つ並んでいた。夢芽から見ると、フロアに大きく川の字が書かれている具合だ。  夢芽が申し訳程度に設けられた受付スペースにある電話で要件を伝えると、程なくしてピンクのロリータ服に身を包んだ、小柄な女性が小さく手を振りながら小走りで近づいてきた。  「遅くなってすみません、いつもの応接室へどうぞ〜」  夢芽はぴょこぴょこ揺れる、縦ロールのツインテールに促されて、応接室に入ると腰を下ろす。扉が閉まって外の音が幾分遮断されると、夢芽はようやく掘って一息つけた気持ちになる。普段からあまり人が多いところは苦手なのだ。  「紅茶でよかったですよね?」  そう言って夢芽の前にカップを置くと、西田萌は自分用の夢芽の向かいに腰を下ろした。パニエのたっぷりと入ったスカートは、座っていてもこんもりと綺麗な形を保っている。ピッシリと整えられた前髪には1ミリの隙もなく、目元は人工的なまつ毛で縁取られている。小さな顔と白い肌によって、フランス人形を彷彿とさせる。化粧を落としたとしても、相当の美人なのだろうな、と夢芽は出された紅茶に口をつけながら考える。頭にはフリルをたっぷりとあしらったヘッドドレスが乗せられ、ツインテールは艶々と美しい螺旋を描いている。  萌は先が長く、熊やリボンの乗った爪で、器用に資料を机の上に並べていく。見た目はまるで二次元から飛び出してきた少女のような萌だが、今年27歳になる夢芽よりも5歳年上だという噂は本当だろうか。そう思って萌を見ると、全く目が笑っていない笑顔で「何か?」と聞かれたので、夢芽は慌てて資料に目を通すふりをする。  「さて、本題に入りますね」  萌が軽くパチンと両手を胸の前で合わせて話し出す。  「今日ねこまんま先生にお越しいただいたのはですね……」  「あ、あの」  夢芽はおずおずと手を挙げる。  「ねこまんま先生はちょっと……。その、恥ずかしいというか照れくさいというか」  「あ、そうでしたね。では、ゆめりん先生」  ゆめりん呼びもなかなか恥ずかしかったが、ねこまんまよりはましかと思い、「ありがとうございます」と小さく頭を下げる。  今日は、夢芽が「ねこまんま」名義で書いたライトノベル「女勇者が最強で何が悪い?!」の新たな企画や新刊について、夢芽の担当編集者である、萌と打ち合わせの日だった。
/4ページ

最初のコメントを投稿しよう!

0人が本棚に入れています
本棚に追加