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 彼女がファミレスの扉を開けるのが見えた。    僕は読んでいた本をテーブルに置く。  手を挙げて合図を送ろうとしたその時、彼女と目が合った。    そこで彼女は、にこっ、ではなく、にやり、と笑う。  そして、店員の案内も待たずに、すたすたと僕のいるテーブルに向かって、歩みを進めた。    彼女の肩よりも長く、真っすぐで美しい黒髪が、歩みに合わせて揺れる。    彼女は、テーブルの横まで来ると、切れ長な瞳で上から僕を見下ろした。 「よっ」    一声発すると、右肩に掛けていたリュックを、席の奥に押し込み、僕の向かいに座る。    くすっ    相変わらず不敵で、マイペースな彼女の振る舞いに、思わず笑みが零れる。 「なに?」    彼女は、再びにやりと笑うと、僕の笑みの訳を尋ねた。 「いや……」  僕は言葉を濁すと、 「何にする?」    と彼女にメニューを差し出した。
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