病弱令嬢と自称美少女魔王

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病弱令嬢と自称美少女魔王

 ああ、結局わたしは、なにも成し遂げられずにここで死ぬのか。 「おお、フォルテお嬢さまぁ」  ポニーテールの少女が、わたしのベッド脇で号泣する。ココの料理長だ。 「おたわしやフォルテお嬢様」  ハンカチを手に、さめざめと泣いているのは、若いメイド長である。 「死んじゃやだあ。おじょうさまー」  メイド見習いである元ドレイの子どもが、死にゆくわたしにしがみついた。  みんな、わたしの死期を悟って泣いている。  一七年生きてきて、人の世話になりっぱなしだった。お手洗いにすら、一人で行けず。  だが、メイドにも愛想をつかされていることだろう。彼女たちだって、きっとウソ泣きなのだ。  ああ、お友達みたく、野山を駆け回ってみたかった。  生まれ変わったら冒険者になって、世界中を回ってみたいわ。  魔王は滅びたと言うから、平和なんだろうけど。世界には、まだまだ未知なるものが多い。  それをあれこれと探索して、わずかばかりのお金を稼いで、旅の疲れをお酒で流し込むのだ。 『我が呼びかけに応えよ。フォルテ』 「……?」  なんだろう? もうお迎えがきたのか? それにしては物騒だな。  天井を見ると、禍々しい物体がそこにいるではないか。  これは、旅物語の挿絵にあった魔王では? 穴が空くほど読んだから、覚えている。彼女は、まごうことなき魔王に違いない。 『我が名はレメゲトン。美少女魔王なり』  やはり、魔王だったか。それにしても、ずいぶんと可愛らしくなって。 『勇者に倒されてな。こんなちんちくりんになって、身動きも取れぬ。魂が煉獄にとらわれているのだ』 「わたしの心が読めるのですね?」 『左様。なので口を動かさずともよい。話を聞くのだ』  口を動かさなくても、心を読んで会話できるそうだ。 「なんなりと」  ただ同情してくれる相手なんて、いらない。かまってくれるのはうれしいが、それが同情からであるとわかると萎える。わたしに構わず、自分の人生を生きてくれと思ってしまうのだ。 『我が魂を開放するため、肉体を捧げよ』 『独り立ちに十分な魔力と健康な肉体を与えるので、冒険者になってあちこち回って自分の代わりに世界を征服してくれ』  聞けば、何者かが魔王の名を騙って、世界を支配せんと動いているそうな。  勇者は力を失っているため、ロクに活動はできない。  魔王の申し出は非人道的なれど、わたしにとっては興味深いものだった。 「ああ、いわゆる闇バイトですね?」  闇バイトとは、自分は牢獄などの遠くから指示を出して、無知な若者などに悪事を働かせる行為のことだ。  人死が出る強盗から小さなイチャモンまで、悪事の内容は幅が広い。  目の前で万引きをして店の警備システムをけなしたり、ありもしない難癖をつけて飲食店の品格を落とすなど、行為内容は様々である。  当然若者は使い捨てなので、処されても誰も財布や心は傷まない。  大企業のライバル商会が、よくやる手口だとか。  まさか、魔王に闇バイトの申し出を受けるとは? 『闇バイトとは、人聞きの悪い。肉体を差し出してくれれば、あとはお前のスキにするがよい。最終的に、世界征服してくれれば』  どうも魔王には、わたしの心まで乗っ取るつもりはないらしい。ずいぶんとユルい条件だ。 「なぜ、わたしなので?」 『お前の負の感情を、読み取った。病魔に侵され、お前の精神はずいぶんと歪んでしまった。世話役の愛情にも気づかず、すべて他責。だが、それは周りの役に立ちたいという気持ちの裏返し』 「……っ」  わたしは、心のなかで舌打ちをする。同時に、自分の感情の歪みを恥じた。  そんなお人好しに、わたしが見えるのだろうか? 『お前は自身で思うほど、非情で冷酷な人間ではない。周りに当たり散らしていたのも、さっさと死んで忘れてもらうため』 「うるさいです……」 『いいや。お前が申し出を受けるまで、言わせてもらう。本当は大好きな周りのため、少しでも役に立ちたいと』 「はいはい、わかりました」  申し出を受けなければ、この魔王は黙らないだろう。 「この身体を差し上げます。なんなら魂ごと食らってくださいな。どうせ短い人生なのです。楽になりたい」 『心得た。では、我が力を授ける』  魔王が呪文を唱える。独特の発音なので、『うんばらばぁ』だかなんだかとしか聞こえない。 「あれ?」  わたしは、唐突にベッドから起き上がる。なんともない。 「お嬢様!?」 「ウソだろ、さっきまで死にかけていたのに」  メイドたちが、腰を抜かしている。  両親がわたしに抱きつこうとした。  が、わたしは両親を手で制す。ただならぬ気配を、部屋から感じたためだ。 「うわあ、なんだあれは?」  一番小さい子どもメイドが、壁際を指差す。  枯れ木のように細い手足を持った、ガーゴイルのような異形がそこにいた。 『あれが、お前を苦しめていた病魔だ。まずはそいつを殺すのだ』 「はい」  わたしは、なにか武器になりそうなものを探す。しかし、深窓の令嬢のお部屋だ。武器のたぐいなんて、置いてない。 「素手ですか?」 『ハンデにはちょうどよい』  ええい、ままよ。 「皆の者、下がりなさい!」  わたしは、三階の窓から落ちた。  具現化した病魔に、飛びヒザ蹴りを食らわせながら。
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