女心はいつまでも

3/6
0人が本棚に入れています
本棚に追加
/6ページ
 昔から、ひいばあちゃんは桜が嫌いだった。  テレビだとか写真で見るぶんには全然構わないのだけど、直で見るのは絶対NG。子供の頃ひいばあちゃんと同居していた親父によると、家族で花見に出かける時はいつもひいばあちゃんだけ留守番で、花の季節でなくとも桜のある並木道や遊歩道には絶対に近づかなかったらしい。曰く「あんな虫だらけの木は嫌だ」と。確かに、桜は虫が多い。最近は消毒のおかげかそうした害も減ってはいるけれど、それでも苦手な人は虫の湧く時期にあえて近づこうとはしないだろう。ただ、親父が言うにはひいばあちゃんはそもそも虫なんて全然平気で、庭いじりの時も芋虫だとかを指でじかにつまんで池にポイしていたらしい。  それでも、桜だけは何が何でも避けていたんだそうだ。で、俺は「これは桜そのものじゃなく、桜が象徴する当時の軍国主義的なあれこれがトラウマで残ってんのかな」と当たりをつけ、さりげなく探りを入れたこともあるのだけど、そういう感じでもなさそうだった。  とはいえ、嫌いなものは仕方ないので、俺も熱心に突っ込むことはしなかった。ひいばあちゃんも、俺達の前であえてその理由に触れようとはしなかった。  でも。  少なくとも一人目の旦那さんと結婚した当時は、まだ桜も平気だったし、何ならそれをバックに結婚写真を撮りさえしていた。……いや、それともこの一件がトラウマに? この直後に旦那さんを亡くし、それが、美しかったはずの記憶を黒く塗りつぶしてしまったとか?  そう立て続けに浮かんだ疑問をぶつけると、ひいばあちゃんは観念したように溜息をつき、言った。 「まあ、あたしももう長くはないだろうし、死ぬまで伏せといてくれると約束できるんなら、話してやろうかね。本当のこと」  それから三か月ぐらいして、ひいばあちゃんは眠るように息を引き取る。医師の診断によると病気らしい病気はなく、まさに純然たる老衰。葬儀でも親族一同、立派な大往生だと笑い合うぐらいには和やかな旅立ちだった。  その和やかな葬儀を終え、さらに死亡届やら年金の解約やらのごたごたを済ませてようやく人心地がついた俺は、そういえば、と、生前のひいばあちゃんの話を思い出し、さっそく原稿にまとめてみたのだった。ひいばあちゃんが死ぬまでは確かに伏せていたので、一応、約束は守ったことになる。が、改めて文字に起こすと何だか嘘臭くて、とりあえず様子見として放流したのが以下の話だ。
/6ページ

最初のコメントを投稿しよう!