思わぬ再会

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思わぬ再会

「あ、貴方様は・・確か・・・。」  その内の1人は、ずっと昔に会った記憶がある。 「覚えてくれてますか?、十年前になりますね。進駐軍の兵士を連れてきた新田ですよ。」  その言葉に、尚佐は問題を解いた時の様に目を大きく開き、確信を持って返事をした。 「おお、そうですばい。あのアルベルトさんと一緒に、最初にうちに来られた方ですな。」 「そうです、そうです、良かった、覚えていて頂いてたんですね。あれから、また伺いたいと思っていたんですが、残念ながら忙しくなってしまいまして、結局伺えず申し訳ありません。我々の勤める輸送業界は、何が起こるか検討もつきません。ご存知の通り、数年後の朝鮮半島の戦争に米国が加担(かたん)したお陰で、我が国も大量の物資と人を送り出すことになり、その輸送任務の一部を命ぜられましてね。」  新田が話を続けていると、口元に立派な髭を生やし、舶来の生地で仕立てたのだろう、気品のある背広姿の紳士が話に割って入ってくる。 「またお前の悪い癖だな。自分のことを長々と喋る前に、俺達を御主人に紹介をしろよな。」 「そうでした、そうでした、失礼しました。」  隣に居る焦げ茶色のブレザーにハンチング帽をかぶった流行り姿のもう1人の紳士が、にこやかに笑顔を見せている。 # ワイワイ ガヤガヤ・・・  そうしている内に、演奏会場では観客は退出し、残っている者は居なくなった。 「立ち話もなんですけん、応接室に参りましょうか。」  併せて尚佐は、従業員達に声を掛けた。 「お前達すまんが、この方達と応接に行くから、此処の片付けば頼むばい。もし尚正がわしば呼びに来たら、そこに居ると言うといてくれ。」 “は~い、わかりました。”  会場の片付けを従業員達に頼むと、尚佐が新田達を応接室へと案内しながらも会話が続く。 「素晴らしい、伝統的造作の建築物ですね。いつ頃からの物なんですか。」 「三代前が、慶應(けいおう)の時に建てた物なんですばい。元々田上家は、此処一帯を治めとった豪族の一つだったとです。此処の温泉は、昔、大きか領地争いがあって、戦って負傷した者達が湯治場(とうじば)として使ったことから始まったそうですばい。そして次の代は東洋医術の心得もあったそうで、此処で病の者が療養できる所として長く滞在できる旅館に拡張して行ったとです。さあさあ、この部屋ですけんお入り下さい。」 # ワイワイ ワイワイ・・・  まだ応接間からも大広間の賑やかさが聞こえて来ていた。再び活気に満ちていることで、旅館が終戦からの厳しい状況から立ち直ったことが良く分かる。 「こちらの方は、北畠幸四郎様です。」  新田の紹介でその名前が出ると、尚佐は、また驚いて目を丸くした。 「えっ、北畠様ですか。ひょっとして、北畠貴族院議員殿との縁のある方ですかね?」 「父をご存知なのですか。私は、文麿(ふみまろ)の三男なのです。」  すると、尚佐はうんうんと頷きながら、懐かしく思いながら、嬉しい笑顔で返事をする。 「ええ、忘れもしまっせんばい。西園寺様に華族の方々の結納(ゆいのう)の儀に招待された時、ご紹介されてお会いしたとですよ。」  尚佐の笑顔に呼応するかのように、北畠も鼻の下の髭を少しなでて、目を細めていた。 「ほお、西園寺兼次様ですか。」 「知ってらっしゃるとですか?」 「知るも何も、西園寺とは、明治以前からの主従の長い付き合いですよ。当家が京付近の一地方の公家領主だった頃、領地を武家によって直轄、抑圧されて厳しい財政状況だった。西園寺は、領民からの物資の調達や領内の産業の育成を担い、北畠の財政を賄(まかな)っていたんですよ。そして、武士社会が崩壊し明治に入ると、北畠は政界に、西園寺は経済界に、富国近代化とそれを推進させる運輸通商という立場で、互いに関係を保ちながら両家の繁栄に努めたんですよ。私と兼次様とは、同じ三男でもあり、幼い頃から私を弟の様に可愛がってくれました。常に海外に視野を向けた、広い志(こころざし)と度量のある方で、私は実の兄以上に慕っていたのです。」 「そうですばい、娘の尚子にも、その広か座った心で、実の娘の様に良うしてもらいました。その才能ば見抜き、いつかは西欧に進出させようと考えとられたとですばい。高貴な方達とは思うとりましたが、お公家のご出身だったとですか、それで、御尊父殿や西園寺様は、お元気にしておられますか?」  北畠は、少し言葉を留めて、一旦考えてから、言葉を選びながら返事をする。 「そうですね、田上様には言い辛い所なのですが。甚だ遺憾(いかん)ながら、父は大戦直前に病にかかり、終戦後間もなく状態が重くなり亡くなりました。そして、兼次様は・・・兼次様はですね、あの関東の度重なる大空襲で命を落とされました。あの尚子さんが演舞した西園寺ホテルは、一夜にして瓦礫(がれき)と化してしまいましたので、遺体が何処にあるかも分からないのです。」c13fc19b-e001-420f-95b9-dc18abcd275d 「・・・そ、そうやったとですか。」  尚佐は、声が震えていた。  あの希望に満ち、太陽の様に光り輝いて見えていた者達は、幻だったのだろうか。北畠の言葉は、戦争という人の愚かな所業に、改めて怒りと悲しみを抱くに十分なものであった。 『わしの様な無力な者が生き残っている。それやのに荒廃した我が国の復興に必要な方々が犠牲になっとる。運命とは、なんと残酷なものなんじゃろうか・・・』 「すみまっせん、本当にすみまっせん、心に苦しかことば伺ってしもうて、大変申し訳無かです。」  九州の者は、礼儀に厚く、常に他人に気遣いを忘れないと聞く。北畠は、尚佐の温かい心遣いに、かつて列車の中で尚子と会話した時のことを思い出していた。 「いえいえ、もう、昔のことになりつつあります。確かに戦争は、私にとっても我が国にとっても、多大な試練をもたらしてしまいましたが、ついに立ち直り、新しい時代を迎えようとしています。現在、今までに経験したことの無いくらいの巨大な資本が生まれ、大きな経済の発展が始まろうとしています。我が国は、急激な重化学工業化へ向かい、その主要都市へどんどん労働人口が流入しています。それは、物流の分野に大量かつ迅速な輸送手段への変革を余儀なくさせています。我が父は亡くなるまで、近代的な都市を各地域に作り出し、各都市間の連携によって国全体を支え合う、地方自治による国家を目指していました。私は今、その連携の具体的施策の一つ、鉄道部門での大量輸送、高速輸送への転換に取り組んでいます。近いうちに、我が国を横断する超高速鉄道が完成し、主要都市の鉄道は総て電化されるでしょう。我々が親しんでいる蒸気機関車を主力とする鉄道は、新しい鉄道に代わっていくでしょう。」  すると新田もまた、北畠の話に後付する。 「僕も、此処九州の鉄道の電化施策事業に取り組むよう命ぜられ、再び戻って来たんですよ。」  片田舎に住んでいる尚佐にとって、急激に変わり始めている社会の動きの話は、少し戸惑いをおぼえていた。 「都会の方は、そげんかことが起こっとるとですか。田舎もんのわしには、ちょっと解りづらか話ですばい。確かに、近くの村では、若か人達が、どんどん街に引っ越したり働きに出て、村の人口が減っていきよると聞きますばい。それで、村の働き手や若者が居なくなってしもうて、いつかは年寄りばかりになると心配しよう者もおります。」  そして間もなく、大広間になかなか来ない尚佐を呼びに、尚正がやって来た。
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