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週末は、
# ♪ピロピピ、♪ピ~ロピピ・・・・
誰かの携帯電話が鳴り出した。
「おっ、誰か鳴ってるぞ・・・なんだ、僕のだ、あら、もうこんな時間だよん。」
他の者も、携帯電話の時刻を確かめ、川村は、掛け時計を見ていた。
「私、帰りのバスが無くなるからもう帰らないと、食事のかたずけします。」
「なんだ、カヨ、泊まっていけばいいじゃん。」
「馬鹿、何言ってるの。いくらマサ君でも、泊まれる訳無いじゃない。」
「おっ、意外と身が固いんだな。」
「高橋先輩、そのセクハラ発言、まずいですよ。」
「そんなくだらないこと言ってる暇があったら、早くかたずけなさいよ。」
「おお怖っ、マサ、本当にこいつで良いのかよ。」
「えっ、何の話?」
「何度も同じ台詞言ってないで、さっさとやりなさい。」
# カチャカチャ カチャカチャ・・・
早速、食事のかたずけが始まった。
“いやあ、すまないね、助かったよ、それじゃあ宜しく。”
川村が、何処かに電話をかけて、相手とやり取りをしている。
「皆、帰りの足は大丈夫だよ。僕の知り合いの個人タクシーが来るから、それに乗って行きなよ。」
「本当ですか?」
「スゲー和さん、じゃあ遠慮なく。」
「ありがとうございます。」
「よくこの時間に、こんなところにまで来てくれるんですね。」
「まあ、そいつは俺の学生時代のバンド仲間でさ、今日の帰りをどうしようか考えていたら、同窓会の時、個人タクやってるって言ってたこと思い出したんだよ。ちょうどこっちの方まで来る仕事が入ったから、帰るついでに寄ってくれることになった。」
「ラッキー。」
「じゃあ、すし詰めで謎のギターについての話、続けますか。」
すると、皆が帰りの話に沸いていたところに、雅章が割って入ってきた。
「俺、これから週末は、田上さん家に泊まって行こうと思ってるんすよ。俺の祖母(ばあ)さんの家もそうだったんですが、亡くなって空き家になってからは、みるみる朽ちて古びちゃったんだよ。」
「そうだね、家も、生きているんだよ。誰かが住んであげないと、どんどん老いちゃうんだな。」
「それに、田上さんを理解するには、感覚の部分が重要だと思うんです。田上さんの暮らしぶりを知り、此処の空気を感じることも、あの演奏を理解する一つの鍵だと思うんだ。」
「スゲーな、マサ。そこまで考える奴になったんだ。ここ半年位で、なんか、すっかり変わっちゃったな。」
「いや、そんな大それたことじゃないんだ。俺は、此処で引き下がることに我慢できない、何もしないで自ら負けを認めるようなものなんだ。さっきのギターにあった記述も、田上さんがまた俺を導こうとしているんじゃないかと思えてならない。壁に当たった時に、必ず何か俺を引き戻そうとする事が起きるんだよ。そこまでされて引き下がったら、きっと俺は後悔する。」
雅章は、立ち直っている様子で、再び持ち前の強気な姿を見せていた。田上が亡くなった時、恵海が認知症になった時、そして今回は、JOSEの記述である。その度に、自らを奮い立たせようとしている。それは、常に挑戦して行くことに自らの本道を求める武闘家(ぶとうか)の様である。
# フォン、フォン
外で車のクラクションが鳴った。
「おっ、来たな。かたずけも終わったし。高橋君、カヨちゃん、菅野君、出発の支度は出来たかな?」
「ええ、OKで~す。」
「マサ君、ひとりで泊まり、大丈夫?」
「ああ、平気だよ。それから皆、田上さんの話が途中で終わったので、その先が気になるだろう。」
「そうなんですよ、僕も、それが言いたくて、このままじゃ、暫く想像の日々を送りそうで落ち着かないです。」
「良かったら、手紙をコピーして送ってくれる?、取り合えず、手間賃(てまちん)はこれでお願いするから。」
川村は、雅章に一枚手渡した。
「こんなに貰(もら)えないですよ。」
「良いんだよ。これは、今日の忘年会のプロデュース料も含んで。」
「すんません。」
# フォン、フォン
再び外からクラクションの音が聞こえて来た。
「おっと、催促(さいそく)されてる。じゃあ、皆、行くよ。」
「マサ先輩、お邪魔しました。」
「少しは、部室に顔出せよ。当面は、下級生もお前のこと覚えているだろうけどな。」
「マサ君、それじゃあ。また、遊びに来るからね。」
「それじゃあ、また。」
# バタバタ トントン ペタペタ・・・
板張りの廊下を通り過ぎ、玉石のコンクリートの土間の玄関でそれぞれの靴を履く。
# カチッ
雅章が、柱にあるマッチ箱程の白いスイッチを押すと、表の明かりがほんのり灯る。
和式の引き違いの出入戸を開ける。
# ガラガラガラ
「うわ~、やっぱり祖父ちゃんの家から出るみたいだ。」
「本物の昭和の家だよな。」
「なんかの昔のお茶の間映画のセットみたいだね。」
# カチ カチ カチ・・・
外を見ると、一台の銀色のタクシーがハザードランプを点けて停まっていた。
川村が手を挙げると、カチャリと音が鳴り、座席の扉が開くと運転手の顔が見えた。
「よっ、久し振り。」
「すまないね、助かったよ。さあ皆、乗って、乗って。」
4人は白い息を吐きながら、順にタクシーに乗り込んでいく。
“失礼します。ありがとうございます。”
年も押し詰まった頃、冬の空気は澄み切っていた。見上げると、鮮明に輝く星々が広がっている。満月ではないが煌々とした月明かりは、遠くの山の尾根まで見える程地上を照らしていた。尚子達が住んでいた時代の此処も、同じ様な景色が拡がっていたのだろう。
“さて、今回のゲストは、最近メキメキと頭角を・・・”
しかし時は流れて。今は、タクシーのラジオから、ディスクジョッキーの軽快な語りが流れている。
「それじゃあ、また。」
「先輩、おやすみなさい。」
# ブオオオオオ・・・
静かな排気音と共に、川村達は、田上の家を発った。
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