思わぬ出会い

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思わぬ出会い

“スウウ・・・”  やがて静かに寝息を始める。眠っている・・・すると、今まで何もしなかったのに、耳元に微かなざわめきが聞こえるようになってきた。それが何と無く心地良い響に変わっていくように感じる。 # ザザ・・ザ・・・ 『ん、ん、これは波の音か。此処から近いとはいっても、聞こえる程の距離じゃないはずだよな。』  次第にそのざわめきは、感覚から聴覚に変わる。 ~~~~~~~ # ザザ~ ザザザ~・・・ 『何だろ、はっきり聞こえるようになった。不思議だ・・・あれ、未だ夜更けのはずだよな。何と無く明るくなってきたような気がする。』  雅章は、寝返りを打ってみた。 『ん、なんか明るい・・』  仰向けになると更に明るさを覚える。 『いつの間にか明け方になっていたのか。』  目を開けてみる。 『田上さんもこうやって目を覚ましていたのかな。寒いけどちょっと起きて、朝の海岸でも散歩してみるか。』  朝は弱いのであるが、意を決して起きることにした。 # ゴソゴソ ゴソゴソ・・・  横に置いておいてある外出着を布団に入れる。少し温めたところ、布団の中でもぞもぞと着替えをする。着替えが終わると暫くうつ伏せに丸くうずくまってから、布団とともに身体を起こした。 「うおっしゃ、う~、さぶっ。」  書斎はまだ暗いが、雨戸の隙間から朝の明かりがおぼろげに入って来ていた。雅章は、家の戸締まりはそのままにして、かなり暗い中、玄関を目指し廊下をそろそろとすり足で歩く。 # キシ キシ キシ・・・  ぎこちなく靴を履いて、玄関の戸を開けて表に出る。 # ガラガラガラ 「おっ、グッドなモーニング。」  キンと寒さに張り詰めた空気。夜明け直前で、未だ辺りは薄暗い。とは言え、波音のする方角の空が白み始めていた。その様子から、美しい浜辺の朝を迎えようとしていることが推し測れる。  雅章は、海岸に向かう家の裏手に回った。 # サク サク サク・・・  雑木林の中に、海岸の方へ向かっている人がやっと通れる程の小道を見つけた。そこに引き寄せられるように入り込んで行く。そして百メートル程進むと、路面が砂地に変わった。同時に、この寒さの中でも潮の香りが漂ってきた。 # ザザ~ ザザザ~・・・  やがて目前に砂の丘が見えてくる。手紙に語られていた浜辺を臨む丘だろうか。歩くにつれ、想像と現実の狭間が埋まっていく。 # ザク ザク ザク・・・  軽快に踏み音をたてながら砂の丘を上がっていくと、海が見えてきた。0ce23d2e-3e5a-46ec-a990-cd6e6ec84a16 「へえ~、スゲー良い眺めじゃん。」  想像以上の燦然たる景観だった。左右に砂浜が拡がり、静かに波が打ち寄せる海辺が何処までも続いている。 # ザザ~ ザザザ~・・・  海原の奥が朝日を浴びて、海面が輝き始めている。日が射し始めると、冬の季節にしては風も無く、寒さが次第に緩んでくる。雅章は背中を丸めて腕を前に組んでいたが、この美しい風景に心を奪われて、いつの間にか大きく手を広げて深呼吸をしていた。 # ザザ~ ザザザ~・・・ 「ふう~・・・これが尚子さん、ホセさんも愛した海辺か。確かにこれを見ては、マルベーリャがどんな処だか分からないけど、行きたくなるな。俺も卒業旅行で、ギター修行を兼ねて行ってみよう。」  此処に居るのは、自分だけ。  いくら美しくても、朝の冬の海辺をわざわざ訪れる者はそういない。この情景を専有している優越感(ゆうえつかん)がある。それが何と無く嬉しかった。そして、田上の家に来た自分が、この地に快く招かれたような気分であった。 『ちょっと、辺りを歩いてみるか。』 # ザザ~ ザザザ~ ザク ザク・・・  太陽が水平線を越えて、海原を輝やかせ波打際まで達している。砂浜を下りて、きらきらと光る波打ち際まで歩いていく。そうして辺りを漫然(まんぜん)と眺めていた。 『あれ、あそこに人影が見える。かなり遠くにいるから、おぼろげにしか見えないな。』  その人影は最初1つに見えていたが、やがて、2つに分かれた。1人は、海に背を向けて立った。そしてもう1人は、海に向かって腰を下ろす。 『恋人同士か、ラブラブじゃん。海辺をバックに、写真でも撮るのか。』  その微笑ましくロマンスな光景に、雅章はちょっとやっかんで、どんな様子になるか野次馬の感覚で眺めていた。 # ザザ~ ザザザ~・・・  良く見ると、座っている方が何かを抱えている。 『ん、なんだ。ギターを抱えているようだな。立っている彼女に愛の演奏を捧げるのか。か~、結構キザな奴だな。見ているこっちの方が、恥ずかしくなりそうだぜ・・・おっ、始めるな、どれ、どれ程の腕か御手並み拝見(はいけん)。』  調律の為の試奏が始まった。 ♪ ♪・・・♪♪・・・  様々なコードを試し、各弦のチューニングが素早く行われていく。 『結構やるな。チューニングの手際、様になってるじゃん。』 ♪ ♪・・・ ♪ジャラーン・・  鋭い切れ味のあるコードの打音が突然耳に飛び込んできた。  心が引き込まれる様な音の響き。気鋭に溢れ、鮮烈なラスゲアード。一気に眠気の残る頭が飛び起きた。 『えっ、えっ、何で?』  つまりそれは、卓越した技術に裏付けられたフラメンコ演奏の始まりである。 ♪ ♪ ♪ジャンジャン ♪ジャ ジャ・・・   曲種はアグレリアス。それも心踊るような精彩(せいさい)で活力にあふれている。 ♪ ♪ジャガ ♪ジャンジャン ♪ジャ ジャ・・・  完全に、度肝を抜かれた。夢から覚めたのにも関わらず、目の前で起こっていることは、正に・・・幻。 『・・・・』  そして、更なる驚きの光景が追い討ちをかける。海を背に立っていた人影が、右腕を掲げ、しなやかにハレオを開始する。そして、演奏に合わせて躍動感のある舞踏が始まる。 ♪ ♪ジャガ ♪ジャンジャン ♪ジャ ジャ・・・  目にも止まらぬサパティアード。妖艶であり、かつ華やかなバイレが繰り広げられる。その2人の顔は、此処からでは分からない。陽の光の影となり、見事に息の合った2つの動きが確かめられるだけであった。しかしそのことが、一層自分が現実から引き離されていく効果を生み出している。 『目の前にいるのは、本当に、現実なの?』  息をのみ、そして、心の中で叫んでいた。 『尚子さん?、ホセさん?・・・やっぱり夢を見ているんだろうか。それとも俺は、タイムスリップしている?』  先程までの軽はずみの感情は、何処かへ吹っ飛んでしまった。 ♪ ♪ジャガ ジャ ジャ ♪ジャガ ♪ジャン ・・・  何て優美で、叙情的な光景。  60年代のフランス映画の一場面を観ているような感覚に陥った。人が強く関心を示す時、自ずと必然的な行動をとってしまう。知らず知らずの内に、演奏演舞する2人に近付こうと。次第に、身体が自然にその方向に動いていく。 すると、いきなり背後から自分に向かってかける声が聞こえてきた。 「よお、久し振りだな。」
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