桜を見ると思い出す

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「また、この季節がやってきた、か」  男は部屋の窓から見える満開の桜を見ながらため息を吐く。季節は春。テレビやネットでは桜の話題で持ちきりだった。あちこちで花見をする楽しそうな映像を見ることが出来る。  しかし、男は彼らとは反対に桜が嫌いだった。本来なら目に入れたくもないくらいで、窓から見える桜の景色が憎くて仕方なかった。 『生きている限り、ずっとこの景色はお前の元にやってくる』 「わかっているよ」  男の背中に声がかかる。男は振り向くことなく少女の声に返答する。先ほどまで部屋には男しかいなかった。部屋のドアが開かれた形跡はない。しかし、彼女は突然部屋に現れ、男の背後に忍び寄り耳元でささやいた。 「お前のせいだ」 『おぬしせいでもある。なあ、お兄ちゃん』  少女は10代前半くらいで真っ白な髪に真っ白なセーラー服を身に着けていた。 「お兄ちゃん。お花見に行こうよ」 「仕方ないな」  男には年の離れた妹がいて、とてもかわいがっていた。その日は桜が満開で見ごろを迎えた3月の終わりだった。週末で仕事も休みだった男は、妹に誘われて近所の公園に花見に行くことにした。  その夜、妹は自分の部屋で自殺した。昼間に花見をしていた時の笑顔は何だったのだろうか。深夜、のどが渇いて部屋を出た男は妹の部屋の電気がついていることに気づき、妹の自殺現場を見てしまった。部屋の中央に倒れている妹、その周りには家じゅうから集めただろう薬の錠剤が散らばっていた。錠剤に紛れて大量の桜の花びらも床に散らばっていた。 『お前もまた、自殺する羽目になるぞ。ここいらには、我らのようなものが住み着いているからな』  妹の自殺の件がひと段落すると、男は奇妙な夢を見るようになった。夢には妹の姿をした何者かが男の前に現れる。そして彼女は真っ白な髪に真っ白なセーラー服を着用していた。妹が生きていたら着ていただろう制服の色が反転したかのようないでたちだ。 『そこの公園には毎年、おぬしの妹のような哀れな生贄が出ている。人間だけではなく、そこに住む動物も』  今年はお前の妹が選ばれた。  夢で見ていた光景が現実のものとなる。男はそれを目の当たりにした。次の日、男がベッドから起き上がると、ベッドわきに夢で見た少女の姿が立っていた。真っ白な髪にそれと同じ真っ白なセーラー服を身に着けた少女は、色以外は亡き妹に瓜二つだった。 『面白そうだから、おぬしに憑りつくことにした。有難く思えよ。我がいる限り、お前は死ぬことはないし、あれから逃れることなどできない』  少女の説明によると、近所の公園には桜に憑りついている妖怪みたいなものが住んでいるらしい。彼らの主食は生き物の魂。毎年それぞれ一つの命を取るだけで満足しているようだが、今年、その生贄に選ばれたのが妹だったという訳だ。 『これからも我たちは毎年一つずつ命をもらっていく。だが、我はそんな生活にも飽きてしまった。だから、それは今年で卒業しようと思う』  少女は妹の顔で楽しそうにほほ笑んでいる。しかしその言葉は男にとって良いものではない。  男はこうして、少女に憑りつかれることになった。少女は何かに憑りついていないと生きていけないようだ。今までは桜に憑りつくことで生きながらえていた。その桜の代わりを男が勤めることになった。 「桜は嫌いだ」  それから男は数えきれないほどの桜の開花を見守ってきた。そばにはずっと、あの日自殺した妹の姿をまとった少女がいた。 (あのとき、花見なんか行かなければ)  妹は大人になり、幸せな人生を歩んだに違いない。男は窓から見える満開の桜を見ながら大きな溜息をはいた。男の近くには桜の花びらが散っていた。
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