第一話 魔女は潮風にのって聖女をさらっていく

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第一話 魔女は潮風にのって聖女をさらっていく

 サリゾノリアから少し離れた、海の国と呼ばれるサーラント国の海辺の街ログサスロに住んでいる美しい(・・・)魔女は魔法薬の材料が足りないことに気が付いた。まだ星が眠りについていない早朝のことだ。 「……失敗……先に在庫を確認しておくべきだったわ……アタシったら、もう! 段取り下手なんだから!」  その魔法薬は王命で頼まれたものであるため夕方までに出来ていなくてはいけないし、材料はちょっと遠いサリゾノリア国でしか扱いがないため、行って帰ってくるだけで半日はかかる。魔女は魔法薬作りを中断し、材料を取りに出かけることにした。 「でも悪いのは王様よ! 急にスッゴい面倒な仕事なげてくるんだもの! あのせっかちさんめ!」  この一人言の多い魔女の名前は、サー・ロクサル・バル・ダンローズ。  余談となるがサーとはサーラント国では騎士につけられる敬称であり、バルは国民栄誉を受賞した騎士に与えられる敬称だ。そのため『彼』の元来の名前はロクサル・ダンローズである。要するにロクサルはこの国でもっとも栄誉ある騎士団長だったのだ、……三年前までは。現に部屋の壁にはその表彰状も記念写真も残っている。  しかし三年前に様々なことが嫌になった彼は騎士団長を辞し、それまで女性しかいなかった魔法薬つくり専門の魔法使い――つまり『魔女』に転職した。  なぜ筋肉隆々超美形な独身の騎士団長が次の仕事に魔女を選んだかというと、『もうやめる、男らしさとかそういうの全部。アタシらしくいくわ。子どものときから憧れだったのよ、魔女!』という、つまりはそういうことである。 「全速力で準備しなくちゃ!」    そういうわけで今の彼は出掛ける前に『化粧』をする。  肌には光と影を描き、瞼には宝石のように輝くアイ・シャドウとストーンをのせ、唇にはリンゴのような紅をのせ、まつ毛は天高く伸ばす。その上で付け睫をつける。眉毛だけは生まれつきの、凛々しく斜めに伸びたものを活かす。 「このマーオールの新作シャドウ、ちょっと……かわいすぎじゃないのー! こんなの宗教だわー! いっぱい好き!」  そして黒のスケスケドレスに身を包み、爪にはシャンパンゴールドの付け爪、足元には爪と同じ色のピンヒール、そうしてゴージャスでファビラスでアメージングな金髪のかつらを身に着け、お手製の香水をまとう。  そうすればもうそこにいるのは騎士ではない。例え身長、体重ともに一般男性の1.5倍の筋肉隆々わがままボディであっても、それはもう騎士ではない。  姿見の前で、魔女はくるりと回った。 「今日も完璧ね、アマンダ」  『アマンダ』とは魔女になってから彼が自身につけた名前である。余談になるがアマンダは彼の大好きな舞台『黒猫魔女』に出てくる大好きな魔女の名前を拝借したものだ。 「どこから見ても世界で一番美しい魔女、……ンフ!」  アマンダは鏡に向かってウインクをすると、箒に乗って窓から家を出た。  風で飛ばないように魔女帽子ごとかつらをおさえながら、彼女(・・)はサリゾノリアとの国境に向かって飛んでいく。 「もう! この潮風! 髪もスカートもヒラヒラさせて! 痴漢で訴えるわよ!」  アマンダは箒で国境を越え、行きつけの薬屋――城下町の片隅にある『ブラックのなんでも屋』に向かった。  アマンダは城下町を移動しながら『朝っていうのに街が騒がしい』と思った。が、それほど気に留めなかった(そもそもアマンダが歩くところみな騒がしくなるのが常だからだ。それほど彼女は美しい魔女なのだ)。  そして辿り着いた時、ブラックの店の扉はしまっていたのだが、やはり彼女はそんなこと気にはしなかった(彼女は他人の都合は気にしない、それが許されるぐらい美しく強い魔女だからだ)。  アマンダは店の前で箒から降りると、箒の柄で扉を叩いた。 「ブラック! 起きなさい!」  アマンダが叫びながら扉を叩き続けると、「うるせえ、ロクサル! 勝手に入ってこいよ!」と返事があった。アマンダはその答えににっこり笑い、魔法で店の鍵を開けるとヒールを響かせて中に入った。  店の奥から店主である寝間着姿の中年男性がのそのそと出てくる。 「うっわ、朝からクッソ派手だな……」 「アタシのことはアマンダって呼べって言ったでしょう、ブラック。すっぴんのときはロクサルでも団長でもいいけど、今のアタシはどう見たってアマンダじゃないの。どうしてわからないのよ! ブラックの、お、と、ぼ、け、さ、ん!」  ブラックはくるくる回りながらざれ言をのたまうアマンダを見て、欠伸をした。 「どう見たって化け物なんだよ……」 「化け物ォ⁉ 怒りのあまり店を壊すわよ⁉」 「近い! うわ、抱きつくなよ化粧くさい! だっておかしいだろ! 元は美形なのになんで女装したらそんな化け物と化すんだよ! 胸板の厚みが恐怖でしかないんだよ!」 「やだ! どこ見てるのよーえっち!」 「そんなスケッスケの服着ておいてえっちもあっちもどっちもあるか! 朝っぱらから何の用だ、ロクサル!」 「アマンダだって言ってんでしょ! ぶん殴って顎の骨割るわよ! リーラクラスの根をちょうだい!」  ブラックは長い前髪をかきあげながら「へいへい」と返事をし、サリゾノリア国花であり魔法薬の材料となるリーラクラスの根の在庫を棚から取り出した。 「十五本いただくわ」 「へいへい、一万七千コナだ」 「また値上がりしたの? 不景気ねー」 「この国の景気が良くなるにゃあと十年はかかるわ……」  ブラックがリーラクラスを包んでいる間、アマンダは思い出したように口を開く。 「そういえば今日はなんだか街が騒がしいわね。なにかあったの?」 「ああ……三日前に聖女が国外追放になったんだ」 「えっ……聖女って、あの『聖女イライザ』?」 「イライザ以外の聖女がどこにいるんだよ。なんでも彼女が呪いを解くのを辞めたからこの国には必要なくなったんだそうだ」 「あらま、そうなの。……じゃあサリゾノリアはこれから大変ね。アタシからしたら呪いってなあにって感じだけど、この国じゃ呪いはすべての原因なんでしょ?」 「まあ、そういうことにして心慰めているやつもいるけどな……五年前にいきなり出てきた呪いが、またいきなりなくなっただけの話よ。別に……呪われようが呪われなかろうが生きていくまでの話だ」 「ふうん、……あんたがそれでいいならいいけど。でも……あの『聖女』……行くあてはあるのかしら……」  アマンダのその様子にリーラクラスを包んだブラックが面白がるように笑う。 「なんだ? あの聖女、好みだったか?」 「ァア?」 「その格好で地声でしゃべるのやめろ、本当に怖い」 「あら、ごめんなさーい! オーホッホッホッ」  アマンダは裏声でわざとらしく笑いながら代金を支払い、リーラクラスを受け取った。 「じゃあまたね、ブラック」 「ああ、まいど。……あ、そうだ、ロクサル。聖女さんは噂によると西の方の国境を越えたらしい。上手くいきゃ会えるかもよ?」  アマンダは「……そうね、『今度こそ』運が良ければね」と笑い、箒にまたがり、店を後にした。それから行きよりもスピードをあげて、西の国境を越えた。 「旅人が通る道と言えばこの道よね! ああ、もう……三日前⁉ もっと早く教えなさいよっ! 箒! 全速力よ!」  彼女はかつらが風で乱れることも厭わず全速力で国境を越え、ログサスロからは遠ざかるがサリゾノリア西の国境の関所から伸びる煉瓦道の上を進んだ。  アマンダは、実はイライザにとても会いたかったのだ。それはアマンダがまだサー・ロクサル・バル・ダンローズの名前しかもってなかった頃にあった『あること』が原因なのだが、とにかくアマンダと名乗る今でも聖女イライザに会いたい気持ちに偽りはなかった。  だからあまりの速度に、箒が炎を上げていても彼女は進んだ。 「どの辺りまで進んでるかしら……さすがに馬を借りているわよね、……歩いてなんかいないわよね? 途中で行き倒れたりしてないわよね? 誰かの助けを借りてるわよね、さすがに……あぁ、やだ、どんどんいやな想像しちゃうわ!」  アマンダは行く人に尋ねたり、精霊に尋ねたりしながら、煉瓦道を進み続けた。箒は途中で完全に炎に包まれていたが彼女は気にもしなかった。そうして、彼女は普通の人間の足なら三日かかる道のりをほんの数時間で飛び渡り……ついに夕暮れの中、山の麓で彼女を見つけた。  輝く白銀の髪、整った顔立ち、白く清潔な服は夕暮れの赤に縁取られ、それはとてもあたたかくやわらかな光景だった。煉瓦道の脇、木にもたれてうたた寝をしている聖女の姿はその姿は一枚の絵画のようでさえあった。  アマンダはそんな彼女を見つけると箒から飛び降り、手早く髪を整え、その聖女の肩をつついた。美しい魔女足るアマンダは他人の都合など気にしないのだ。 「ねえ、可愛い子。どこから来たの?」  ――それが彼女たちの始まりだった。
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