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第二話 聖女は魔女に拾われる
「ねえ、可愛い子。どこから来たの?」
イライザは眠りから目を覚まし、顔を上げた。彼女は道端でうたた寝をしてしまうほど歩き疲れていたが、人に声をかけられて無視をするような性格ではなかったためだ。
そして彼女は寝起きにド派手な化粧をした明らかに男である魔女を見ることになった。
イライザは一度目を閉じて、それからもう一度目を開けた。変わらずそこにいる魔女が、自分の幻覚でも夢でもないことを理解すると、イライザはいつもの癖で『穏やかに微笑んだ』。
「ごきげんよう、魔女さま」
イライザの頬の青あざは痛々しく残り、その髪には乱れがあり、その服にも手足にも細かい傷が無数についている。けれど彼女の微笑み、声色、態度、すべて完璧に『穏やか』だった。そこには少しの弱さも疲労も見えなかった。
アマンダはイライザのその完璧さが不服だった。だから彼女は眉間に皺を作ると、腕を組み、わざとらしく胸をそらした。
「ごきげんよう、聖女さま……今は元聖女かしら?」
少し嫌みのこもった言い方だったが、イライザは気を悪くした様子はなく、クスクスと笑う。
「わたくしはただのイライザですよ。いえ、歩き疲れたイライザといったところでしょうか」
「歩き疲れたって……あんた、ここまで歩いてきたの?」
「ええ、幸運なことに足がありますから」
「……そんなのちっとも幸運じゃないわよ」
アマンダはイライザに手を差し出した。イライザはその手を見て、困ったように眉を下げる。
「ごめんなさい、魔女さま。わたくしはあなたの呪いのために祈ることはできないのです」
「……は? なに?」
「ああ、ごめんなさい、わたくしお金も持っていないのです」
「なにそれ⁉ あんた、アタシがカツアゲしてると思ってんの!? 失礼ね! 手貸してあげるから立ちなさいってことよ! 人と話すときに見下す趣味はないの! もう! なんで全部言わなきゃいけないワケ!? 察しなさいよ! あんたがそういう反応すると、アタシ、急に絡んできた変なやつになるじゃないの! アタシはあんたと仲良くなりたいの! それだけなの!」
勝手に全部話したアマンダにイライザは少し動揺した。が、頬を赤くしてそっぽを向いて手を差し出すアマンダが愛らしく見えたため、彼女はその手をとってゆっくりと立ち上がった。
それでも彼女たちの身長差は大きいものだったが、アマンダは満足そうに微笑む。
「アタシ、アマンダよ。世界で一番美しい魔女なの。よろしくね、歩き疲れたイライザさん?」
「……魔女さま、わたくしは本当になにも持っていないのですよ?」
「幸運なことに足があるって言ったばかりじゃない、それにアタシの見立てじゃ手もあるし頭もあるみたい。だったらなんでもできるんじゃない? というか……アタシとよろしくするぐらいできるでしょ? なに? ヤなの?」
イライザは自分の手を握るアマンダの手を見て『力強い手』と思った。それから自分の手足を見て『それに比べてなんと細く頼りない手足……、こんなわたくしになにができるのだろう……』と思った。
「わたくしとよろしくしても、あなたによいことはございませんよ。わたくしは国を追われた人間なのですから」
アマンダがイライザの手をぎゅうと握った。
「そんなこと知らないわ。あんたの都合なんかどうだっていいの。アタシ、あんたに恩があるの。だからあんたと絶対仲良くなるって決めてたんだから! イヤならイヤって言いなさいよ、そしたらアタシのいいところたくさん教えてあげるんだから!」
「……ですから、そのように思っていただけるほど、今のわたくしに価値はないのです。期待されてもなにもお渡しができないのです」
「アタシが欲しいのはあんたとの時間よ! 聖女じゃないなら時間ならいくらだってあるんでしょ!?」
アマンダの声は大きく、イライザは圧倒された。
「ね、あんた暇でしょ!? だからアタシと仲良くしたいでしょ!?」
美しい化粧をした美しい男からは『絶対に頷かせてやる』という妙な圧があった。そしてイライザは本当に疲れていた。その疲れゆえにイライザはよくわからぬまま頷いてしまった。
彼女はそうしてから『頷いてしまった……、この方にはなんの得もございませんのに……わたくしはなんと図々しいことを……』と思ったが、そんなイライザの思考を吹き飛ばすほど嬉しそうに、アマンダは破顔した。
「やった! ……ウフ、よろしくね、イライザ!」
「……よろしくお願いします、アマンダさま」
イライザが小声で返事をすると、アマンダはイライザをぐいと引き寄せた。
「ていうか、あんた、足スッゴい靴擦れしてない? ……そんで、なんかにおうんだけど……」
「においますか? それは失礼を……しばらく体を洗えておりませんので……」
「……、聞きたくないんだけどもしかして今までずっと野宿してたの?」
「いえ、ずっとというほどでは……三日ほどです。それまでは留置所でしたから、夜空の下で眠れることは喜びです」
「そんなこと喜ばないで! あんた、行くあては?」
イライザは途方にくれた迷子のような顔をした。それを見たアマンダは問答無用でイライザを姫抱きにした。
「え、と……あの、どうしてわたくしを抱っこされるのです……においますでしょう?」
「んなことはどうでもいいの! 帰るわよ!」
「帰る?」
アマンダは燃えさかる箒に水魔法をかけて火を消してから、またがると、イライザの言葉など待たずに飛翔した。
「少しの間だけマイラブリーゴージャスアメージングハウスにおいてあげるわ! 別にあんたのためじゃないわよ、こんなところで、行き倒れを見捨てるなんてこと、アタシの美意識が許さないだけだからね!」
アマンダは頬を少し赤くして大声でそう叫ぶと、安全運転でサーラント国に向かってとび始めた。
イライザはアマンダの腕に抱かれながら『男の人の腕だわ』と思い、魔女の周りに漂う黒い靄を見て『これほどの呪いにつきまとわれているのに……こんなに元気なんて……』と考えたが、それ以上思考は続かなかった。
魔女の胸と腕は筋肉であたたかく、しっかりと彼女を支えていて、ここ数週間の彼女の寝具よりもずっと居心地がよかったのだ。彼女は『こんなところで……眠ってしまっては……失礼……』と必死に起きようとしていたが、箒はゆらゆらと揺れ、まるでゆりかご。彼女のまぶたはどんどん重たくなった。
一方でアマンダはイライザが返事をしないことを不審に思い、腕の中の彼女を見て、その眠たそうな顔にクスクス笑った。
「もう安心していいわよ、可愛い子。ここまで一人でよく頑張ったわね。安心してゆっくりおやすみ」
イライザはアマンダの優しい言葉に考えるのをやめ、与えられたものを享受し、ただ彼女に感謝をすることにした。
「……はい、ありがとうございます。美しい魔女アマンダさま……」
「その呼び方いいわね、もう一回ちょうだい!」
「ええ、……ありがとうございます……」
イライザはアマンダの言葉には求められた返事が出来なかった。
「……イライザ? あら、……うふふ、可愛い寝顔……」
アマンダはあっという間に自分の腕で眠ってしまったイライザに驚いたが、すぐに楽しそうに笑った。
「やっと恩返しできるわね……絶対に幸せにしてあげるから覚悟してなさいよ!」
彼女はそうしてゆっくりと、今度は必要以上なまでに安全運転で飛んだ。家に着く頃は夜になっていたのだが、彼女はそこで王命の魔法薬を届けていなかったことに気が付き、慌てて王に手紙を書き、さらに徹夜をすることになった。
とはいえ彼女は段取りが悪い魔女なので、そんなのは今に始まったことではない。
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