第六話 魔女を四人揃えると災厄となる

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第六話 魔女を四人揃えると災厄となる

 ――翌日、アマンダとイライザは書面での雇用契約を結んだ。  その雇用契約に「条件が良すぎます」とイライザが文句を言い、「このぐらいもらっておきなさい!」とアマンダが文句を切り捨て、「そんなにいただけません!」とイライザが必至に抵抗するというやりとりが一時間ほどあったのだが、ここでは割愛しておこう。結果はいつもの通りアマンダの押し勝ちだったのだから。  とにかくその押し問答の後、「イライザにいつまでも客間を使ってもらうのも悪いわね」となり、彼女たちは倉庫部屋を一つ、イライザの部屋にするべく掃除を始めた。  アマンダがはたきをつかって上からほこりをおとし、イライザは荷物を片して、ほこりを外にはきだしていく。それは連携のとれた動きではあったが、それでも掃除には時間がかかりそうなぐらい倉庫部屋には物が多かった。 「この部屋は前にいた魔女の部屋だったのよ。だから全然整理してなかったの。アタシがずぼらってわけじゃないのよ」 「ええ、アマンダさまのお部屋はとても綺麗でしたから」 「でしょ? ウフフ、……でも、アタシね、掃除は好きなんだけど、順序立てて行動するのは苦手なのよ。段取りが下手っていうか……だからそういうところを手伝ってくれると助かるわ」 「かしこまりました。魔女見習いとして勤めてみせます」  イライザは掃除をしながら、アマンダに仕事の内容を聞き始めた。 「ところでアマンダさま、魔女とはどんなお仕事なのですか?」 「薬を作るのがメインね」 「『メイン』?」 「あぁ、そうか。ごめんなさいね、『メイン』は『主なもの』ってこと。これは『魔女語』よ。魔女は女社会だったから独自言語が発達してるの。ニュアンスで察してくれるかしら?」 「……『ニュアンス』?」 「あら、これも魔女語!? 困ったわね。えーっとね……『ニュアンス』は、なんというか……察して? って感じかしらねえ……」 「……わかりました。勉強いたしますね」  魔女語は、古では魔女たちの間では第一言語として使用されていた。だが、今では魔女たちも公用語を利用しているため、魔女語は魔女たちの間で単語のみ使われるようになっている。特にアマンダは魔女語の響きを愛しているため、日常会話の中にもよく取り入れる悪癖があるのだ。  イライザがサリゾノリアにいた頃に話したことのある魔女たちにはそのような癖はなかったため、イライザにとってアマンダの口からこぼれる魔女語はまさに異国語であった。けれど、イライザはそれを一つ一つ聞くのは失礼にあたると考え、勉強するという結論に至ったのである。  アマンダはそんなイライザの考えには全く気が付かず「適当でいいのよ」とあっけらかんと笑っていた。 「とにかく魔女は、薬を作るの。あとはアタシの場合だけど、頼まれたらなんでもするわ。連合とか王とかから仕事を頼まれることもあるのよ」 「アマンダさまは素晴らしい魔女なのですね」  アマンダは箒に乗って、部屋を滞空しながらシャンデリアを磨く。その下でイライザはせかせかと床を磨きながら、アマンダをほめたたえた。  アマンダは困ったように眉を下げる。 「下手な魔女じゃないとは思うわ。でもアタシの場合は、実力どうこうというより……サーラント王とは幼馴染なのよ。だからあいつもアタシに頼みやすいんでしょうね」 「まあ! アマンダさまはご立派なお家の方なのですね」  アマンダは磨いたシャンデリアに火をともしながら、遠い記憶を思い出す。 「……アタシは王族の護衛役を輩出してきた軍人貴族の出なの……あの家は立派で、……乱暴な家だったわあ、だからアタシ、もう帰りたくないのよ! ぜーったい!」  彼女はふざけた調子で本音を落とすと、箒から降りて床に立つ。その部屋はすっかり、きれいになっていた。  部屋の大きさは一人で過ごすには十分な広さだ。家具は寝具とドレッサーと机と椅子のみであったが、そのどれもがマルゾーラ様式の飾りがついた値段をつけるのが難しい高級家具だった。無垢材の床は優しいあたたかさを感じさせ、天井は九つの木枠に分けられ、それぞれにサーラント国の季節ごとの花の刺繍があしらわれた布が張られ、愛らしい雰囲気を醸し出す。磨かれたガラスのシャンデリアにはアマンダのともした火が優しく揺れており、部屋全体を温かい色に染めあげていた。 「この火は魔女の火を使っているから、夜は勝手に消えるし、朝は勝手につくわ。だから火が消えたら寝なさいね。それがお肌のためよ!」 「お肌? ええと、……かしこまりました」  アマンダは最後に杖をふるい、壁紙を淡い紫色に淡い緑の蔦模様のものに変え、寝具にかけられたシーツ、枕、布団も同じ模様のものに変えた。それは伝統的なマルゾーラ様式に則ったものであったが、女性向きの落ち着く愛らしい色合いとデザインのものであった。  アマンダはレースのカーテンを開いて、日当たりを確認してからイライザに微笑んだ。 「西日がばっちり入るわね。ウフ、気に入った?」 「……ありがとうございます」 「恐縮するより、ありがとうを言われる方が嬉しいわ」  イライザは眉を下げるのをやめて、穏やかに微笑んだ。 「こんなに素晴らしい部屋を貸していただけて、本当に幸せです。ありがとうございます、世界で最も美しい魔女、アマンダさま」 「それいいわね! ウフフ、……本当によろしくね、イライザ」 「ええ、……ええ、本当によろしくお願いいたします。わたくし、精一杯頑張ります」  アマンダが差し出した右手をイライザは両手で握る。  アマンダはイライザの手に、『なんて小さくて華奢な手。アタシ、絶対にこの子を守らなくっちゃいけないわ』と思い、イライザはアマンダの手に『なんと優しく、器の大きい方だろう。この恩に生涯かけて報いなくてはいけない』と考えていた。が、互いにそんな互いの思いには全く気が付かず、彼女たちの共同生活は幕を開けることとなった――その瞬間である。  玄関からバゴンという大きな打撃音とともに、三重の大きな「「「アマンダ!!!!!」」」という叫び声が響いた。  その大きな声と音にイライザは身を竦ませてアマンダの手をぎゅうと握った。一方でアマンダは心底嫌そうに眉根を寄せると、イライザの手に左手を重ねる。 「ごめんなさいね。早速なんだけど、お仕事よ」 「え……、ええ、かしこました。お客さまでしょうか?」 「客といえば客なんだけど、ううん、後で説明するわ。とにかく行きましょう」  彼女たちは手を放し、玄関に向かった。  玄関の扉は、ゴガン、バギョンと殴られ続け、「開けて!」「アマンダ!」「いるのはわかってるわ!」と騒がしい声を聞こえ続けている。アマンダはため息をついてから、杖をふるい、その扉を内側に向かって開いた。 「「「きゃあ!!!」」」  すると、三人の女性が家の中に倒れこんできた。  全員が魔女のとんがり帽子をかぶり、黒のワンピースを着ていることから魔女であることは明確だった。魔女たちは騒がしく「いきなり開けないでよ!」「びっくりするじゃない!」「乱暴なんだから!」とわあわあと騒ぐ。アマンダは床に転がっている彼女たちを見下ろしてから、イライザを見た。 「彼女たちは魔女連合の連絡係。クルーラ家の三つ子よ。一番上に乗っているのが長女のサクラ、真ん中にいるのが次女のローラ、一番下でつぶれているのが三女のライラよ」 「ええと……大変わかりやすいご紹介ありがとうございます、アマンダさま」 「三人とも同じ顔だけど、性格は全然違うから見分けはすぐつくようになるわ」  アマンダとイライザはそんなことを話しながらぎゃあぎゃあ騒いでいる三つ子に手を差し伸べ、全員を起こした。  三つ子はみな着ていたワンピースをたたいて整え、ぎゃあぎゃあ騒ぎながら互いの帽子の向きを整え、そしてようやく、三人そろってスカートのすそを引っ張ってレディーらしいお辞儀をした。 「『世界を回す』魔女連合からのご連絡をお届けに来ました、サーラント国担当の魔女アマンダさま」  そう口火を切ったのは長女のサクラ。  真っ黒の髪を肩で切りそろえ、丸眼鏡をかけ、真っ白な肌をした彼女は一見すると地味に見える。しかし着ているワンピースは大胆に胸元も背中も開き、太ももまで見えるスリットが入っている。そしてその妖艶なドレスが似合う鍛えられた体、赤い口紅と赤いマニキュア、赤のピンヒール。イライザは彼女を見ながら、『美しい方だわ』とドキドキとなる胸をおさえた。 「サーラント国に台風が近づいてきております」  長女の後に続いたのが次女のローラ。  毛先を赤にそめたブロンドの巻き毛のカツラをかぶり、そばかすを活かした愛らしいメイクをしている彼女は、フリルとリボンがあしらわれたワンピースを着て、リボンが靡くハイヒールを履いていた。そのまつげは天に向かって美しいカールを描き、その爪先にはマニキュアでリボン柄が描かれる。イライザは彼女を見ながら『お人形のよう』とまた胸をときめかせる。 「明日には来ちゃうので! 早急にご対応のほど、よろしくお願いいたしまーす!」  最後に話したのが三女のライラ。  黒髪をおさげ髪にした彼女は、襟のついたロングワンピースをまとい、大きな紫色の想定の本を持っていた。他の二人と違ったヒールのない革靴を着ている彼女は一見すると学生のようだ。そして彼女は他の二人と違って歯を見せてにっこりと笑う。まさに天真爛漫を絵にかいたような彼女に、イライザは『お友達になりたい』と胸をときめかせる。  つまり三つ子は三者三様ではあったが、それぞれに魅力的な女性だった。  そしてそんな彼女をアマンダは、土くれでも見るように冷たい目で見ていた。 「あんたたちねえ……そういう『大変な連絡』は早めによこせって前も言ったわよね!」 「私のせいじゃないわ! ローラの支度が遅いのがいけないのよ!」 「サクラがローラのカツラを勝手にしまっちゃうからでしょ!」 「台風は発生してからの移動が速いので、ギリギリになるのは仕方ないんですよー!」 「ああ、もう! 三人で話さないで、うるさいわね!!!」  単体ではだれよりもうるさいアマンダではあったが、三つ子が同時に話し出すと収集がつけられない。アマンダが額をおさえると、イライザはそのアマンダの様子と、わあわあと話し続ける三つ子を見てから、一歩前に出た。 「魔女連合からいらした美しい魔女さま」  彼女の声は誰よりも小さなものであったが、誰よりも聞き取りやすく、誰よりも威厳があった。そして彼女は三つ子の誰よりも美しいお辞儀をする。それはつい先日まで次期王妃としてふるまっていたイライザだからこそできるものであった。 「わたくしは魔女見習いのイライザと申します。どうぞ、よろしくお願いいたします」  イライザは丁寧過ぎない言葉を選んだ。彼女はもう聖女でも王族でもない。だからこそ親しみやすいようにと、その言葉を選んだ。  が、それは魔女たちにとっては十分すぎるほどに丁寧な対応だった。三つ子はきょとんと目を丸くして黙り、アマンダは口を両手でおさえて感動した。彼女たちの反応にイライザは『失敗したかしら』と思いつつも、穏やかに微笑む。  魔女たちは三秒黙ってから目を合わせ、同時に口を開いた。 「ちょっと見た⁉ うちのイライザのつつましさを! あんたたち見習いなさい!」 「なにこの子! めっちゃ可愛いじゃない! どこから拾ってきたのよ、アマンダ!」 「お肌つるつるだわ! なに使っているの⁉ リーラクラス⁉」 「魔女見習いってなんですか⁉ アマンダさんのところじゃなくてうちに来たらよいのでは⁉」  アマンダは押し寄せてきた爆音に、『聖女らしく』静かに微笑み続けた。民衆の爆音につつまれたときは穏やかに笑うことが彼女には身に染みていたためである。その聖女の微笑みに、魔女たちは逆に興奮し、「お姫様なのかしら!」「お姫様といえばマットーリ国のスプリングセール行った⁉」「行ったわよもちろん、姫アイテム勢ぞろいだったわ!」「マーローンの新作アイシャドウ見ましたか、アマンダさん⁉」と喚き散らし、この後、玄関先で三十分も立ち話をすることになった。  魔女とは往々にしてこのように段取りが悪く、騒がしい生き物なのである。
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