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第七話 魔女の務めは世界を回すことにあり
魔女たちが立ち話をやめて、応接間のソファーに座り、ようやく紅茶を飲んで一息をつく。イライザは『魔女さまたちは話題が尽きない方々なのですね』と感心していると、三つ子魔女の長女であるサクラが「それでね、アマンダ」と口を開いた。
「今回の台風はまた南から来るんだけど、このまま上陸しちゃうとサーラントぐっちゃぐちゃになっちゃうかもしれないの。だから海上で始末をつけてほしいのよ」
「南からなら先にヴァリア国の海上通るでしょ。ニメイラが対応するべきじゃないの?」
「ニメイラのところは、ほら、お子さんが一歳だから……」
アマンダはムと顔をしかめてから「じゃあ仕方ないわね」と受け入れた。一歳の子どもがいたら忙しいのは仕方ないのである。
「今回の台風はどんな経路で来ているのかしら」
「それはローラが説明するわ」
ローラが杖を振ると宙に地図が浮かんだ。
世界地図自体を初めて見たイライザは首を傾げ、アマンダは足を組みなおして地図を見上げる。地図中央の南側から発生した大型の低気圧が右曲がりにサーラントを目指してきているその映像に、アマンダは「いつものやつねえ」とため息をつく。ライラがそのため息に「仕方ないんですよー」と口をはさむ。
「この時期はどうしても台風発生しやすいのでー」
「それはそうとして、毎年アタシがやってる気がするわよ」
「三年前まではニメイラが対応しましたよー」
「つまりアタシが魔女になってからはずっとアタシじゃないの」
「あー、サーラント国の魔女が連合に入ったのは本当に久しぶりだったのでー、えへへ……助かりまーす!」
ライラの満面の笑みにアマンダは唇を尖らせた。
「だから、うちの国の魔女連中は連合に入らなかったのね……そういうの、事前に言っておくべきじゃあないの?」
「言ったら、アマンダさん連合に入ってくれなかったでしょー?」
「……まあ、いいわ。お金振り込んでおいて。今から行ってくるわ」
「「「ありがとうございまーす!」」」
アマンダは立ち上がると杖をふるい、装いを変えた。といってもグラマラスでファビラスなスケスケドレスの上に、アメージングでゴージャスなふわふわ毛皮のコートを着て、カツラの代わりにとんがり帽子をかぶり、ヒールの高さを十センチ高くしただけだ。彼女にとっては相手が台風であろうと、おしゃれは我慢なのである。ただし高いカツラは置いていく判断は、英断といえるだろう。
「じゃあ、イライザ、ちょっと出かけてくるから留守番していてくれる?」
話に全くついていけていなかったイライザは立ち上がり、アマンダのコートの袖をつかんだ。
「アマンダさま、どちらに行かれるのです? あの、台風をどうなさるおつもりです……」
「ふっとばしてくるだけだから、すぐ帰るわ」
アマンダはさらりとそう言い、箒を呼び寄せる。イライザはとっさにアマンダの腕をぎゅうとつかんだ。
「文献で見たことがあります。台風は恐ろしい嵐として描かれていましたっ! イライザさま、そのようなところにお一人で向かわれるなんて危険ですっ」
「あらぁ博学ね、イライザ、ウフフ」
「笑いごとではありません!」
「毎年対処しているから大丈夫よ。ちょっと三つ子とお話ししていて? そして三つ子が我が家を壊さないように見ていて? それがイライザにしか頼めないとっても大事なお仕事なの」
アマンダはまるで子どもに言い聞かせるよう話したが、子どもではないイライザは納得せず「そんなこと、危ないです!」とアマンダの腕を引っ張った。だが、アマンダはするりとイライザの腕を抜けて、杖をふるった。
その瞬間に窓が大きく開かれ、アマンダは風のようにそこから飛び出していった。
「アマンダさま!」
イライザは走って追いかけ、窓枠から体を出して空を見上げた。そこにはもう、はるか上空に魔女がいるのが見えるだけだった。
「……もう、あんな遠くに……」
心配そうに上空を見上げるイライザを、三人の魔女が後ろから抱きしめた。
「そんな心配しなくても大丈夫よ?」
「ローラも保証する、アマンダめっちゃつよのつよだから」
「ええ、そうですよー! アマンダさんは台風ごときでは倒されませんよー」
イライザは三つ子に、「でも、……アマンダさまには多くの呪いが……」と言葉を濁した。その『呪い』という言葉に、サクラは嫌がるように目を細め、ローラは面白がるように微笑み、ライラは困ったように眉を下げた。
「呪いなんて、まさかと思うけど、あなたって、あの?」
「ね! ローラも気が付いちゃった。イライザってよくある名前だけど、もしかしてもしかするの?」
「ねえ、イライザさんって、サリゾノリアの聖女なんですかー?」
イライザは三つ子に三方向からぎゅうぎゅうと押しつぶされながら、とりあえず聖女の微笑みを貼り付けて「わたくしは魔女見習いのイライザでございます」と答えた。現にイライザはもう聖女ではないのだから、この答えは嘘ではない。
「「「ふうーん?」」」
しかし三つ子は疑うような顔をした。イライザは眉を下げるしかなかった。
「まあ、アマンダが気にしてないならいいわ。それよりも聞きたいことがあるのよ。アマンダが魔女見習いなんてつけるのはじめてだもの! どういう関係なわけ?」
「そうそう、ローラも聞きたかったの。なんでアマンダにしたの? 癖つよいじゃん、アマンダ。魔法も性格も見た目も、師事するのには向いてないでしょ」
「アマンダさんは秘密主義なので、聞けるなら色々お話し伺いたいですー!」
三つ子は三方向からイライザの頬をつついたり、腰をつついたり、髪をつついたりしながら、三人ともうるさくぺらぺらとしゃべる。イライザは頬をつつかれたり、腰をつつかれたり、髪をつつかれたりしながら、『本当に元気な方々』と微笑んだ。
「っていうか、アマンダと付き合っているんじゃないの?」
「いえ、そんな恐れ多い……アマンダさまはわたくしを保護してくださっているのです……」
「それだけ? ローラだったら、ローラよりもヒールの高い男なんていやだけど、イライザはアマンダのこと好きそうだよ? ちがうの?」
「わたくしはアマンダさまに感謝をしております……好きだとか嫌いだとか、そういった話ではなくて……」
「本当にそれだけです? アマンダさんの好みど真ん中じゃないですか、イライザさん! 口説かれていないんですかー?」
「そのような……わたくしは婚約破棄をされるようなみじめな女でございますから……」
イライザは魔女につつかれながら、上空を眺めた。空はまだ青に染まり、とても嵐が来るようには見えない。けれど、アマンダは台風のもとへ行ったというのだ、イライザは眉を下げた。
「……わたくしは、そんなことよりも……アマンダさまが心配です……」
イライザのつぶやきに三つ子はぺらぺらとしゃべるのをやめて、それぞれと目を合わせ「「「仕方ないなあ」」」と声をそろえた。
「アマンダは力業だから見ててもきれいじゃないと思うけどね」
「だよね、でもそんなに心配ならローラが見せてあげる!」
「さあ、イライザさん、空なんか見てても仕方ないです。席についてくださいませ」
「え、……ええ……」
三人の魔女と一人の魔女見習いが席に着くと、人形のように愛らしい魔女ローラが杖をふるった。
「『さあ、見せて! ローラはすべてを映し出す』」
ローラのその言葉に合わせるように、先ほどまで地図が浮かんでいた場所に『まず、雲が見えた』。その雲を切り開くように一筋の『光』が見える。その光に近寄っていくと、それは『アマンダ』だった。
「アマンダさま!」
それはまさに台風の中心に飛んでいくアマンダの映像だった。イライザがローラを見ると、ローラはにっこりと笑った。
「ローラはね、世界中の全部が見えるし、全部を見せられるの!」
「では、これは今のアマンダさま……?」
「そういうこと!」
アマンダは渦を巻く雲の中心にまっすぐに飛んでいた。彼女は魔女帽子が飛んでいかないように手でおさえながらなにかを叫んでいる様子だが、その音声は聞こえない。イライザがローラを見ると「音もとれるけど、風の音の方がうるさいから」とほほ笑む。イライザはまた映像の中のアマンダを見つめた。
アマンダは雲の渦の中心につくと、そのたくましい腕を振り上げる。
そして彼女がなにかを叫んだ――その瞬間、『すべての雲が消え去った』。
「……え?」
イライザが三つ子を見ると、三つ子はみな土くれでも見るかのように冷たい視線で映像を見ていた。
「力任せにふっとばしたわよ、アマンダ……本当にありえない、チートすぎる、ゲームバランスの乱れだわ」
「アマンダだったら冷却消滅もできるのにね、面倒くさがって……でも連合に入ってくれてよかった。放置できないわよ、こんなアウトロー」
「さすがアマンダさんですね、……こんな爆発を起こせるのはアマンダさんだけですよ……」
映像の中にはもう雲はなく、青空が広がる。
アマンダがまた杖をふるうと、彼女の装いが変わり、魔女帽子の下から青色のストレート髪のカツラが出てきて、羽織っていたコートはどこかに消えた。その美しい姿は青空に合わせた装いだった。
イライザはアマンダが元気そうであることを確認すると、ほっと溜息をついた。
「アマンダさまはお強いのですね……」
「「「見た目からしてそうでしょ」」」
三つ子が当然のように声を合わせたことにイライザは苦笑した。
この時、彼女たちも、そうしてアマンダも気が付かなかったが、上空をかけるアマンダのさらに上空で、アマンダの爆発による台風除去を楽しそうに見ていた人間がいた。
――バーリバルである。
黒髪を風にたなびかせ、横に立つシャドウになにかをつげる。シャドウは首を横に振った。バーリバルは楽しそうに空をかけていく魔女を見詰め、そんなバーリバルの横顔をシャドウは見詰めていた。
彼らはとても近くにいた。けれどまだ魔女たちは一人として彼らの存在には気が付いていなかった。
だからこれは単なる台風除去として扱われ、よくある事件として『記録』された。この台風こそが、このバーリバルが作った『九つ目の災厄』であったと正しく記録されるのは、まだ、あとのことになる。
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