一夜ひとよ

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 目録を得たその年、実家である宮川家に数人の賊が忍び込んだ。  父不在の折で、やはり腕白であった兄の久米次郎が刀片手に飛び出さんとするのを制し、 「奴らは今忍び込んだばかりで気が立っている。逃げる時こそ油断するものだから、それに乗じて打って出よう」 と囁いたという。  勇、当時は勝太の読み通り、盗むだけ盗みさぁ引き揚げようとする背後から一喝し斬り掛かると、賊は慌てふためいて荷物を放り出して逃げ、二、三人に傷を負わせた。  さらに追って懲らしめようとする久米次郎を、 「窮鼠かえって猫を噛むの喩えもある。深追いはやめよう」 と引き止めて戻ったのも含めて、沈着冷静かつ勇猛果敢な行動と大評判となり、かねてよりその天稟に目を付けていた道場主が後継者と決断する後押しとなったのは言うまでもない。  さてその頃の歳三はというと、二度目の奉公へ出ていた。  こちらは諸説あり、江戸日本橋大伝馬町の呉服屋とも質屋とも木綿問屋ともいわれている。  しかしまた短期間で出戻ることになる。  今度はなんと、女性問題だ。  喧嘩に明け暮れるバラガキの歳三であったが、その評判とは対照的に頗る顔が良い。  色白の美男子かつスラリとした背格好で年頃の娘が放って置かないと、当時十七歳の歳三を盛大に称賛する資料が残っている。そして年齢を経て行く歳三の、どの時期を取ってもその麗しさを表す声が伝わっているし、何よりの証拠として彼の写真が現存する。いくら文章を連ねるよりご覧いただくのが早いであろう。あの通り、現代の女性でも惚れ込む程、数多歴史上人物の中でも一、二を争うのではというイケメンである。  その上、これも後述する予定だが、彼自身もモテまくっていることを自覚しており、女好きとまではいわないが、浮いた話は一つや二つではない。  女の方から掃いて捨てる程寄って来るという有様、同じく奉公に来ていた女に誘われ恋仲となり、妊娠させてしまったという。  歳三は責任を取って結婚しようと、姉のぶの嫁ぎ先で実の兄のように慕う佐藤彦五郎に相談したが、氏素性もわからない女なんてと猛反対した彦五郎が話をつけてくるとまで言ったが、諭された歳三は自らケリをつけると決意し女との関係を切ったのだ。  ここまでが、冒頭に登場した怪しい薬売り歳三の少年時代である。  矢竹を植えたという時期は、天然理心流に入門した頃だ。  幼少の頃という説もあるが、剣の道を志す決意の現れだったのであろう。 「壮年には武人となり、天下に名を上げよう」 と、武家の庭に倣い、弓矢を作る材料である竹を植えたのだ。
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