18人が本棚に入れています
本棚に追加
勿論今日は、日課だからという理由だけでそうしているわけではない。
この出稽古先の道場も、よく訪れる出稽古先であるが故に勇の養父、現天然理心流宗家の近藤周助が建てたものだ。
暑いわけではないが、戸は開け放ってある。煌々と照らす月明りに、中段の構えからの素振りを繰り返す姿が映る。
「熱心ですね。エライエライ」
試衛館と同じように、神棚と、一幅の掛け軸も白い光を浴びている。しかし冷たい光で、何と書いてあるかまでは判らない。
また問い詰められるのを避けるように会話を断っておいて、どういうつもりか稽古着に着替えた総司が本当に感心しているような顔をして背中側に立っている。
このように誰もいない場所で二人きりになれば、また問答合戦となっても文句は言えない。
しかし歳三は黙ったままで素振りを続ける。まるで聞こえていないように。そのまま総司も黙っているので、床板を踏み軋む音と、空を切る木刀の風音だけがよりシンとした気まずさを強調する。
「素振りだけではつまらないでしょう? 試合しませんか?」
つまらないとは恐らく心にもない。素振りは稽古の基本だ。達人こそ、毎日欠かさないものだ。
よくあることだが、ウンともスンとも返さないのを慣れた、やはりよくあることで無視して木刀を振り下ろす前に立つ。
虫や野良猫の気配すらない、静かな夜だ。
「危ねぇだろクソガキ」
「止めてくれるって信じてましたから」
歳三としては癪だろうが、確かに額を強かに擦ってしまう寸でのところで木刀が止まり、風圧で髪がふわりと浮いた。
これから試合をするとなっても、互いに当然荷物にある筈の防具は着けない。
言わずもがな、頗る危ない。
何度もいうようだが、室内灯などない暗がりで、両者とも木刀だろうが当たり所が悪ければ命に関わる程の重傷を負わせることが出来てしまう遣い手だ。
試合をするといっても審判などいないし、開始の声がかかるわけでもない。一足一刀の構え、というのは互いに中段で一歩前へ出て打ち込めば当たる間合い、ちょうど木刀の剣先が触れるか触れないかの間合いで構えると同時にそれは始まる。
自称近藤勇の一番弟子であり塾頭と、短期間で代稽古まで任される者の試合は実は珍しいものだ。
最初のコメントを投稿しよう!