一夜ひとよ

17/141
前へ
/143ページ
次へ
 あなたが、僕に敵う筈がない。  生まれつき何でも持っている、恵まれているひとに、僕は敗けない。  先生と歳が近いからって、子どもの時から知っているからって、気が合うからって、仲が良いからって、僕の居場所を奪わせやしない。  先生の一番近くで、先生を守るのは僕だ。  あなたのことが嫌い?  わかってるなら、いなくなってくださいよ。  先生の傍から、いなくなれ。    沖田総司について書かれた資料には必ずと言っていい程に記される。  稀代の天才剣士。  歴史上では人斬りと冠される男が数人いるが、その誰よりも斬った数は多いかもしれない彼をそう呼ぶ資料は見たことがない。  そして武家の長男であった彼の幼少期、というか十九歳にもならぬ程の若さで天然理心流免許皆伝を受ける前の情報が極端に少ない。  赤子の頃から武勇伝満載の歳三と比べると半分にも満たない。  出生時期さえ、有力なのは天保十三年説だが十五年説もあり、日付すら判然としないのだ。  江戸麻布の白河藩邸で嵐の夜に生まれたという情報から当時の天候記録を調査した結果、六月八日ではという説があるがあくまで推察だ。  当時は本人でさえ名前の当て字に無頓着であった故に総二と署名した手紙が残っていることと幼名宗次郎でもわかる通り名前の読み方は、そうじ、だが資料によっては、そうし、とルビが振られている物もある。  そして幼名の漢字も実は正式な漢字はわかっていない。  父の名も、勝次郎説と林太郎説があり、母の名は不明というように、ここまで挙げても少ない上に諸説も誤りも多い。  父母共に幼少期に亡くし、姉のみつが婿を取って後を継いだ。  九歳から試衛館の内弟子となり、十二歳の時には白川藩の剣術指南役と試合をして勝利したという。 「思い切り吹っ飛ばしやがって」  入門時の師匠は勇の養父周助だが、剣術の形は勇にそっくりで、何よりも気組みつまり気合を重視する勇と掛け声までも似て細く甲高い。  苦々しく吐き捨てる歳三だが、根っからの負けず嫌いがここで引き下がるわけがない。  しかし負けず嫌いでは総司も相当だ。
/143ページ

最初のコメントを投稿しよう!

21人が本棚に入れています
本棚に追加