一夜ひとよ

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 またお決まりのクソガキとか怒鳴りながら、剣術でなければ勝てると言わんばかりに拳骨を何度かかますが 「目潰しのほうを試さなくて良かったですね」 などとまた憎らしく返されながら避けられている。  しかし尤もだ。恐らく失敗していたであろう目潰しを真似されていたらどうなっていたか考えると正しく命拾いである。  僕があなたを嫌いな理由。そんなの簡単だ。  父上が亡くなった時、僕は幼過ぎて跡継ぎにはなれなかった。姉上が婿を取って甥が生まれた。  別に沖田家を継ぎたいとか、思っていたわけじゃない。  二十二俵二人扶持は執着する程の禄でもないし、武士になりたいとか、思ったこともない。  誰もはっきりとは言わないけれど、僕は邪魔になったんだ。  源三郎伯父さんに連れられて試衛館の稽古を見た時、先生の裂帛の気合に圧倒された僕を、先生は優しく笑って見てくれていた。  是非来てくれと姉上に頼み込んだんだと言ってくれたけれど、それはきっと嘘だ。  小さい僕に、剣士としての片鱗なんてあった筈がない。  体のいい口減らしで内弟子として出された九歳の僕は、捨てられたようなものだ。  先生の真似をして、只管について行くことしかできなかった。  僕は天才なんかじゃない。他人の何倍も努力した。  ただ、剣しかなかったんだ。僕の居場所が、存在理由が、剣しかなかった。  先生は僕の上達を喜んでくれて、塾頭に選んでくれて、ここに、先生の傍ならいてもいいんだと思った。  そして、ここに居続ける為には。  また、お前はいらないといわれないように。  いつでも、笑っていなくては。嫌われないように好かれるように、必要とされるように。  僕の居場所を、先生の傍を、奪うあなたを僕が嫌うのは当たり前だと思うけど、気付かれるなんて思わなかった。  だって他の皆と同じように、いいや、むしろ数段は気をつけて接していたつもりだ。  末っ子で、けれど面倒見が良いひとだから。まるで弟みたいに振る舞われると、思い違いをするでしょう? 慕っていると、仲が良いと。  なのにどうして。  そういうところも、大嫌いですよ。  涼しい顔をして何でも見透かしているところとか、飲み込みが早くてなんでも器用に熟すところとか、無愛想で乱暴なくせに皆に、先生に好かれているところとか、やけに勘が鋭くて、僕のことなんて大して興味もないくせに何を考えているかバレてしまうところとか。  いつかバレてしまいそうだ。  本当の僕は、先生に相応しくないことも。
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